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2026年11月2日月曜日

本を読みましょう

私は意識をして本を読みますが、たくさんある本の中から「これを買って読もう」と選んで買うことが苦手です。「買うことができません」という方が正しいかもしれません。期待と内容の不一致が怖くて「これ」を決める勇気不足でもあります。そのような私が手に取って読んでいる本は、①薦められて買った、②新聞の書評欄を見て買った、③講演や研修で紹介されていたものを買った、④たまにYMCA宛てにいただいたもの、が中心です。成果は、自分で選ばないだけあって多様なジャンルにわたり、関心や興味すらなかった領域の知見を得られていることです。

9月26日の日本経済新聞の記事で、最近の調査では、会社員(20-60歳代の400人)の48%が本を読んでも「読了せず」との結果でした。理由は、興味を感じない、時間不足など。会社指定の課題図書、推薦図書は「ほとんど読まない」が14.8%、この数字に驚きます。読書以前の仕事に対する意識の問題でもあるようです。さて、読了できなかった理由は、本に興味や必要性を感じない48.3%、活字を読み進めるのが苦手27.6%。日常の読書習慣では、本を「全く読まない」が48.5%とのこと。

YMCAでもキャリアアップのための試験では課題図書を指定しています。YMCAの理解度を図るための課題図書であり、今からでもYMCAのことを知ってもらいたいという思いもあり指定している面もあり  ます。今回の記事を見ると「読んでもらえていないかも」と不安がよぎりますが、ちゃんと  読了して試験に臨まれていると信じています。

動画やテレビのテロップが増えました。音で聞くより、文字で理解している人が多いということは活字離れではなく、本離れということ?本を読みましょう。


2026年10月5日月曜日

熊本にて

8月末の日曜日、猛暑日の国道3号線は八代市から熊本市街へ向かう車列で渋滞していました。進んだり止まったりを繰り返し景色はゆっくりと流れ、車中ではサザンオールスターズの曲が流れていました。

まるで置いてあるような瓦屋根、家や家財であっただろう廃棄物の山、扉の緑や赤の危険度判定ステッカー、復旧は道半ばと感じました。それでも道は開通し、重機は動き、働く人びとがいました。希望をもって進んでほしいと想いを馳せます。「♪未だ癒えない傷を抱えて長い道を共に歩こう♪深い闇から立ち上がる時 笑いながら夢を抱いて(平和の鐘が鳴る)」

留学生か働いている方か、海外から来られたと思う笑顔で会話している二人連れとすれ違いました。勝手な想像ですが、故郷を離れ災害に遭っても笑顔を絶やさず支え合う姿に感動し「頑張れ」とつぶやいていました。「♪子供らが笑う時 新しい朝が来る 希望を胸に歩き出す 足音よフレー‼フレー‼(明日へのマーチ)」

熊本YMCAの皆さん、YMCAプログラムを再開させ、被災した子どもたちのためのプログラムを企画運営し、そして被災地支援に取り組まれて、本当にお疲れさまです。どうかオンオフを切り替えてリフレッシュできますように。「♪重たいカバン下ろして ♪ようこそここへ♪勇気を出して 笑顔になろう この場所で(炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)])」

私たちも心を寄せ、共に祈り、支援に参画していきます。離れていてもつながります。「♪遠く離れ離れの時も「大好きだよ」と嗚呼 口唇に微笑みを Oh…いつの日も乗せて‼(I AM YOUR SINGER)」 

最後に伊藤総主事、「♪栄光にみちた孤独なHERO♪情熱を消さないで♪一人背負わないで(SMILE~晴れ渡る空のように~)」


2026年9月1日火曜日

係から

新聞の投書欄を毎日意識して読んでいます。ネット配信の記事やメールマガジンは、閲覧履歴や検索傾向から判断して「これはどうですか」「こんなのもありますよ」と次々に記事の方からやってきますが、自分の興味ないものに触れる機会は少ないです。同じ考えや意見を持つ人たちの集まりの中では、多様な意見を聞く機会は少なく、耳の痛い意見は避けてしまうかもしれません。

新聞の投書欄は、その人の背景や思想、ご自身の日常、社会のこと、感想から意見までさまざまにあります。新たな考えに出会うこともあれば、「そんなことはないだろう」と思うような内容に出会うこともあり、投稿を読みながら「自分だったらどう思うか」あるいは「この人にどう説明するか」などと思い巡らせる時間は、自分の頭で考える良いトレーニングの時間になっています。

さて、7月16日の神奈川新聞投書欄に「係から」とあったメッセージを引用します。「書いた人の憤りは分かるけれど、そのまま載せたら争いごとになりかねない投稿を、最近見かけます。『正しいと思うこと』を行う勇気は必要ですが、文章で相手を非難するときはまず落ち着いて。事態を改善したいのか、相手に気付いてもらいたいのか、投稿する目的を改めて考えてみてください。」たった135文字に相手への理解を示しつつ、持論を述べています。さすが!投書欄係。

これは、発信者が目標を明確にすることが大切であるということです。この「目的の明確化」について2つのことを思い出しました。学生時代にリーダーハンドブックの最初のページに書いてあった言葉として出会っていたこと、職員としてある会議で、言うだけ持論を述べた後に、総主事から「それで、あなたはどうしたいの?」と問われたときのことでした。私の今に至る大切な言葉です。


2026年7月31日金曜日

サマルさんの日記

2025年5月27日(火)「…ガザの人々にとって、食事の準備は大きな懸念事項となっています。今日、アメリカとイスラエルの援助物資の配給が始まりました。しかし配給センター付近でのイスラエル軍による大規模な攻撃やパレスチナ人による略奪や窃盗のため、失敗したようです。私や私の知り合いの多くは、このような屈辱的な方法で食料を受け取りに行くことはできません。」5月28日(水)「…電気は2年近くも来ておらず、調理用のガスも燃料もなく、食べる物さえありません。…2年近く手洗いの洗濯をつづけたため、私の手は本当に傷んでいます。」これらはガザで生活をする37歳(日記当時)のサマル・アハマドさん(家族は夫・3男1女)の日記の一部です。2025年4月から11月にかけての約100篇の日記が書籍※になっています。サマルさんの日記には生々しく日々の日常がつづられています。戦火や避難生活の過酷さだけでなく、子どもたちの生命にかかわる健康への不安、子どもたちからの素朴な質問の中にある戦争への恐怖や、答えに窮する親としての悩みなど。中には、「本当につらい」という表現もあり、読むほどに現実を知ることになります。

ニュースやSNSの映像を通してそれなりに知ったつもりでいた内容は表面的なことだと知らされます。「そこ」に生きている人びとの言葉を通して現実を想像し、より深く思いをはせることにつながります。改めて自分たちが平和であることを認識し、置かれた環境に感謝の気持ちを持つことができます。そして祈り、支援をしようという発想や行動につながっていきます。私たち自身が、知ったかぶりの事情通にならないためにも謙虚になり、知ろうとすること、積極的に苦しみの中にいる人に思いをはせる姿勢がまず大事だと、日記を読みながら思います。

                             (総主事 佐竹  博)


2026年7月1日水曜日

期あり、時あり

私は大阪YMCAに出向をしていたことがあります。着任当初、50歳代目前での出向、自分に何が求められているのか、これからどうしようと思いながら、始めは各拠点訪問をしながらスタッフに会い、同じYMCAとはいえルールや活動内容だけでなく、文化の違い、組織風土の違いなども知る中で、戸惑いやこれからの仕事をどうやっていこうなど考えていました。

横浜では、仕事でのネガティブ感情や、仕事頭のまま家に帰らないように、帰りに軽く一杯、心のスイッチを切り替えて帰宅といったルーティンがありました。ところが、切り替えて配慮する家族がいない単身赴任では、外で呑んで帰宅しても、何も変わることなく、四六時中仕事のことを考えていたように思います。

約1か月が過ぎたころ、上司が運転する車でキャンプ場の視察に同行することになりました。社車内のBGMは、上司が好きだというsuperflyの曲でした。「スタンドアップ!」「道なき道を 切り開く時」「Going on, moving on」「前に道などナッシング そう、全て心意気」あの迫力ある声とともにこれらの歌詞が胸にドーンと響きました。あの時期、あのタイミング、そしてあの曲、私はとても勇気づけられ、以降出向期間最後まで全力で走り切りました。私の様子を見ていてくださり、視察に誘い、励ましてくれたのだと思っています。

つい、声をかける時など相手のことを考えすぎるあまり何もしないで終わり「配慮のための配慮」が足かせとなり後悔することがあります。伝道の書には「天が下の萬の事には期あり、萬の事務には時あり」とあります。私はそうやって元気づけられたことを思い出すたび、後悔のないように今が神様から与えられた時なのだと思うようにしています。

                                    (総主事 佐竹  博)


2026年6月1日月曜日

水から命を守る

学校での水泳授業がなくなるかもしれません。施設の老朽化による財政負担増、猛暑で屋外授業ができない、先生の負担軽減なども理由に挙げられています。学校の水泳授業は「民間のプール施設との連携」のほか「VR(仮想現実)の活用」などに代替策を求めていくそうです。YMCAでも学校から水泳授業を受託し始めています。YMCAが行う授業では泳げるだけではなく、水泳の楽しさや、できたという達成感、仲間の存在を感じながら水泳に親しむようなプログラムを提供したいと考えています。

さて、VRによる水泳授業とは「落水の瞬間を主観視点で疑似体験」「離岸流からの脱出シミュレーション」などを経験する、「水中ドローンや360度映像による水中を可視化した映像を見る」などだそうです。没入型学習といわれるVR学習のメリットは安全性の確保、場所を選ばない、とされています。言い換えれば、「安全のために」水辺に近寄らない、水辺でなくても安全教育が完結してしまう、ということになってしまいます。

学校の水泳授業は「25m泳げるようになる」ことよりも、「水から命を守る(水辺の安全教育)」へ変わっていくとされています。これはYMCAのアクアティックプログラム110年来の目的に合致していると言えます。YMCAでは自らの命を守るだけでなく、他者の命も大切に考えることを伝えます。これは救助法ではなく、水上安全の知識を他者に伝えることも大事な役割と考えているからです。YMCAで学んだ子どもたちが、家族や友だちに伝え、それがまた拡がっていくことで、水上安全の考えは無限に広がっていくことを願っています。

6月は全国のYMCAで水の安全キャンペーンが展開されます。大切な命が水の事故から守られますように。

                                 
                             (総主事 佐竹  博)

2026年5月1日金曜日

YMCAへの一本道

関内の街並みが大きく変わりました。市庁舎と議会棟は滞在型のホテルとオフィスビルに、低層階は飲食を含む商業施設へと生まれ変わりました。人の流れが変わり、横浜スタジアムと一体になって街の開発が進んでいます。

駅からYMCAへ向かうルートも増えました。新たにできた1本の通りの床タイルには横浜の歴史が白い文字で彫られています。一番手前の「1856太田屋新田完成」から「1859横浜開港」「1870日本大通り完成」「1874港町魚市場開設」(横浜市庁舎のこと)「1876彼我公園(横浜公園)開設」と続きます。YMCA設立前の歴史はここまで。ちなみにYMCAが現在の地(常盤町)に移転したのは1916年、ジャックの塔(横浜開港記念会館)開設より前のことで、今年は常盤町に会館を構えて110年を数えます。

敷地が持つ歴史や物語を伝え、記憶と歴史を体感する目的で「継承の道」と名付けられたこの通りは朝、静かな一本道で終点の開口部が明るくトンネルのようです。年数の経過を表現しているように配置されたタイルの上を、歴史のトンネルを歩いているように感じます。終点の光の下にたどり着いて最後のタイル「2026BASE GATE横浜関内開業」の先にYMCAがあるのがとても気持ち良いのです。

さて、年表に、白い着色なくただ彫られただけの文字で「1923関東大震災」と「1945横浜大空襲」があります。開発や発展の歴史だけでなく、苦難や悲しみを伴う横浜の歴史も同様に継承するものとして白い文字で扱ってほしかったです。私たちはYMCAの歴史で「歴史とは現在と過去の対話である」と学んでいるからです。

今年の会員総会は5月30日、前日の横浜大空襲の日も忘れず平和を願うYMCAの総会としたく思います。

                              (総主事 佐竹  博)

2026年4月1日水曜日

相知無遠近、萬里尚爲鄰

上海YMCAと光州YMCA、横浜YMCAは、1989年以来2年に一度持ち回りで三都市YMCA会議を開催しています。国どうしの関係性に縛られない、都市間交流を重視していて、それぞれの独自性を尊重しつつ、同じYMCAとしてお互いを理解し合い、共に歩んでいる会議です。昨夏は横浜で、その2年前の上海で開催された時に作成された記念の掛け軸を3つのYMCAが同じものを持っています。横浜YMCAの掛け軸は総主事室にあり、そこには、「相知無遠近、萬里尚爲鄰」と書かれています。中国唐代の詩人、張九齡による「送韋城李少府」の中の一節だそうです。「友に遠くも近くもない。万里を離れていても、隣人のようなものだ」ということのようです。イエス様が最も重要な掟として示された「隣人を自分のように愛しなさい」を合わせて考えると、本当に大切なメッセージと思っています。この10文字のメッセージは、大阪で昨年開催された関西万博の中国パビリオンの外壁に刻まれていたくらい有名なものであるということを閉幕してから知りました。

サザンオールスターズの「ピースとハイライト」という曲に「希望の苗を植えていこうよ 地上に愛を育てようよ」と繰り返されるフレーズがあります。曲は、世の中に悲観せず「色んな事情があるけどさ 知ろうよ互いのイイところ!」「愛することを躊躇わないで」と聞く私たちに呼びかけて終わります。

互いを知ろうとすることをまじめに行い、遠く離れた友を大切に想い、平和のために働き、平和を作り出す人を育んでいきましょう。

「善を行い、平和を願って、これを追い求めよ(ペトロの手紙Ⅰ 3:11)」この聖句を1年間皆様と一緒に大切にしていきたいと思います。

                             (総主事 佐竹  博)


2026年3月2日月曜日

15年

23歳で横浜YMCAに入職した私は15年後(2005年)には、日本YMCA同盟に出向していました。同盟へ行くまでの15年間、プールを中心とした健康教育事業から、複数部門を経験した後、山手台センターの館長などYMCAの複数事業を経験し、職員としての働きの広がりを体感していました。そして15年かけて経験したたくさんの働き以上に同盟でしか経験できない多くの仕事に出会い学びました。その年の私は前年に発生した中越地震への全国YMCAによる復興支援活動の担当をしていました。あれから20年以上経ち、あとに発生した災害などにより中越地震は人びとの記憶からは薄れてきています。私自身当時のボランティアセンター長とはショートメールなどのやり取りがあるものの、小千谷をしばらく訪問できていません。

その2005年から15年後の2020年に私は横浜YMCA総主事を拝命し、現在に至っています。同盟から帰任後、本部事務局、大阪YMCAへの出向などを経験しました。「あっという間」とは言い難いほど多くの経験をした長く代えがたい期間だったと思います。総主事になってすぐ、コロナ禍となり2020年から2021年の間に神奈川県では3回の緊急事態宣言が出されるなど、その後に影響するほど人びとの生活様式や社会の在り方が大きく変わりました。

私自身の横浜YMCAでの15年ごとの節目を振り返ってみました。多くの出会いと学びにより生かされ成長できていることに感謝しています。一般的に言っても15年という歳月は長く、たくさんの経験を積み、人間的に成長していきます。同時に記憶の上書きがされ、忘れていくこと、忘れられていくことがあるのも事実です。

東日本大震災から15年の3月を迎えています。

                             (総主事 佐竹  博)


2026年2月1日日曜日

水とタオル

プロ野球2025年シーズンで最も心に残った出来事は、スーパープレーや劇的な展開、新しい指導者像と采配などではなく、ある試合の中継で岡田彰布さんが発したコメントでした。

試合終盤のある回、投手が打たれ交代、続いて登板したリリーフがピンチを招き、ベンチがタイムをかけ、投手コーチがマウンドに行った際のことでした。小走りでマウンドに行った投手コーチはタオルとペットボトルを投手に渡して声をかけました。投手は汗をフキフキ、水分を口に含みコーチの声かけにうなずき、マウンドに集まった内野手たちの励ましに応えていました。

岡田さんはその光景に「今出てきたばかりで何球も投げていない投手に水が必要か?それより、長いこと守らされている野手たちにこそ必要なのではないか」という内容の発言をしました。「タオルと水」は、最近見るようになったように思いますが、全球団しているかどうかわかりませんし、その効果や必要性も「見るだけファン」の私は詳しくありません。投手以外の選手がどう思っているかなども身近に野球のなかった私にはわからないところではあります。一人腕を振って球を投げ続ける投手に対して一息つかせ、間をとる道具として配慮あるサービスなのだろうくらいに思っていました。しかし、水を飲みたいかどうかは別にして、もっと長い間、タオルと水分に接していない他の選手のことは、このシーンをこれまでに何度か見てきましたが、考えもしませんでした。

日々、あらゆる場面での出来事に気づきや学びがあります。当たり前と思い込むのではなく、理由や意図・意義を考え、本当にそうか・必要か、自分たちが誰かを弱い立場にしていないか、などを考えたいと思ったのでした。

                              (総主事 佐竹  博)

2026年1月6日火曜日

プログラム

日本YMCA同盟出版の『YMCAプログラム開発ガイドライン』には、YMCAで行う活動について「現状の社会からより良い社会への過程にYMCAプログラムが関与するものである」と説明がされています。YMCAスタッフのある大先輩からは「YMCAではイベントではなくプログラムを行いますよね」と教えていただきました。

「イベント」と「プログラム」はプログラミング関連では「出来事や動作」と「イベントを受け取って処理するための仕組み」、催事では「催し物、発表会など行事そのもの」と「行事を成功させるための具体的な進行内容・時間割・タイムテーブルなど」と区別されるそうです。YMCAの行事は参加者を集めてどこかへ行く、何かをするという行事が目的ではなく、それを通して何を伝えたいか、気づいてほしいかの目的があり、目的を達成するための手段として企画するものであると理解しています。

『YMCAプログラム開発ガイドライン』には、YMCAプログラムの原理に7つの原則が挙げられています。①人を育んでいるか ②組織を育んでいるか ③地域を育んでいるか ④文化を創り出しているか ⑤新しさや主張を持っているか ⑥継続性があって、運動展開・拡張を行っているか ⑦ベネフィットがあるか・楽しいか。これらを実施の自己規定とし、事後評価の視点ともしています。

横浜YMCAでは多くの活動を行っています。 すべての活動が「横浜YMCA―私たちの使命」を実現することを目指し、「VISION2034」という中期ビジョンを活動の中に具現化しようとしています。

プログラムを通して、会員の皆様とともにより良い社会と未来を目指し、平和を育んでいく1年としたいと思います。今年もよろしくお願いいたします。

                             (総主事 佐竹  博)



2025年12月1日月曜日

〇〇でない!

キャンプソングを子どもたちと歌うとき、「『この歌知らない子~』と聞くのではなく『この歌知っている子~』と聞きましょう。」と教わりました。知らない人を特定しないのは、知っている人が優越感、知らない人が劣等感を抱かないように、初めてのキャンプが楽しめるようにとの理由は明解で、YMCAのキャンプには随所に思いやりが詰まっていると感じました。この約40年前に学んだことは総主事になった今でも私の根底に根付いています。

先日ある集まりで、私の信頼し尊敬している人が「佐竹さんって〇〇じゃないんですよ~」と紹介されてしまいました。「〇〇でない」とされたことがショックでした。まだ「実は佐竹さんは××ですよ~」のほうが良かったです。その方にとっては〇〇が普通で、〇〇でないことが特別視に値したということです。大げさに言えば、同意なく、私が自分(たち)とは違うということを公開した、という出来事でした。無意識の、悪気のない、場を盛り上げるための一言だったと思いますし、私の〇〇でないも趣味のものですから社会的な影響はないでしょう。

愛の反対は無関心とマザー・テレサは言いました。相手に抱く関心は、この歌を知っているか、〇〇かどうか、ではなく、この歌を知らない、〇〇でなくても、一緒に安心していられるために配慮することなのだと思います。

YMCAは、特に発言や行動に気を付けなければいけません。もちろん私も。知らず知らずに、場を盛り上げようとして、人を対比させ自分と違うことを面白おかしくしていないか。自らを振り返るときとなりました。

                                        (総主事 佐竹  博)

2025年11月4日火曜日

左利き×クリスチャン

私は左利きです。と言っても完全な左利きではなく、箸は右、字を書くのも右、「直されレフティ」です。ボールを投げるのは左、運動機能に関するのは左です。クロールの息継ぎが右なのも左あっての右と勝手に思い込んでいます。日本の左利きの割合は10%だそうです。

日本のクリスチャンは0・8%から1%と言われます。左利きより少ないのですが、YMCAにいると多くのクリスチャンでない方々が「横浜YMCA-私たちの使命」や価値観に共感して、活動してくださっていて、心強く感じます。

YMCAでは、「弱くされている人々・小さくされている人々のために」と、活動の意義を見出すときによくこのフレーズを用います。「弱くされている・小さくされている」は、自分がそうではない側から支援する側にいることを自覚させるものになってはいないか?と自問します。その発想は行き過ぎると分断を助長することになってしまわないか心配なのです。共に生きるために、お互いに(「お互い」この言葉を使うこと自体、2つに分けているのかもしれませんが…)思いを馳せ、思いやりを持って、それぞれに譲り合い、時には我慢して、可能性を見出していくことが必要と考えます。それは、決して割合が多い、少ないではなく、誰かが嫌だと感じたり、困っていたりするなら、そしてそれを多くの人が自分ごとにしなかったら、「小さくした」「弱くしてしまった」となるのだと考えます。

置かれた場所、そしていろいろな人がいることをみんなが知って、理解して、共に生きようと努力することが大切です。決して区別や違いを助長して「分断」させてはいけないのです。

                             (総主事:佐竹博)

2025年10月1日水曜日

山田です

先日、「県警捜査2課の山田」なる人から電話がかかってきました。「佐竹さんですか?」「山梨県警から照会があって、電話しました。」「あなたの名義のカードが事件関係に使われたようだということでこちらに連絡がきたんで電話しています。」「身分証明書、写真の入っているもの、紛失したことありませんか。」「財布やクレジットカードなどの紛失は?」「今、お家ですか、仕事場ですか?」「この会話は人に聞かれないようにしないといけないのですが、周りに人がいない環境ですか?」「今、私は山梨県警のほうから書類が来ていて、それで少しお話を伺う必要があって。」などが主な内容です。その後、電話は突然切れてしまいました。

電話に出ると、私の名前を言われ、警察?何かあったか?と一瞬警察と信じました。報道でも見聞きしていたので、「これは!」と思い、録音を始めるなど冷静になったのは終盤の「仕事場ですか?」あたりからでした。本当に職場の自席でしたので、冷静になれたかもしれません。自宅や移動中に一人で電話を受けていたらどうだったか?結果的に冷静になった私が「はい」くらいしか返事をしないので、途中で切られたのかもしれません。

まさか自分にそのような電話がかかってくるとは思いませんでした。自分の名前を言われ、こちらが考える間を作らせず次々に話しかけられ、あっという間に相手のペースにはまるかもしれないことが想像できた経験でした。人をだます手口はもっと複雑で、手が込んでいるそうです。気を付けないといけません。そんな人の心を操れるような頭脳があれば、スキルがあればもっと別のところに使えばよいのに、と思いました。皆様もご注意を。(※「総主事マンスリー」にて既報の内容でした)


                              (総主事:佐竹博)

2025年9月1日月曜日

イチョウは見ている

日本大通りの秋、私が横浜の人びとの寛容さを感じるときの一つです。通りはイチョウ並木、道の両脇に歴史的建造物、通りの先は海、秋には鮮やかな黄色が映えるフォトスポットとして有名です。しかしその足元には落果したたくさんの実、道行く人に踏まれてつぶれ、あの独特のにおいが放たれます。1か月ほどもない期間と思いますが、街で働く人びとも、住む人びとも季節の風物詩として受け入れているようです。他地域では、駐車場に落ち葉がたまるから、日照がさえぎられるからといった住民からの要請で、公園などの樹木が伐採されるとも聞きます。日本大通りのイチョウ並木には、臭い、汚い、滑る、と思っている人はある程度いるでしょうが、だからと言って極端な行動にはなりません。横浜の人びとは自然に対して寛容で、ちょっと気に入らないことはあるとしても、秋のわずかな期間にきれいな景色のプレゼントをくれることを受け入れ、それを目当てに訪れる観光客に対して誇らしい気持ちなのではないでしょうか。

参院選挙あたりから、排他的な、差別的な、言説が目立つようになりました。極端で一部の過激な人たちの考えにとどまらないほど、一定数の人びとに支持を受けてしまいました。そんなに誰かと区別しなければならないのか、と心配になります。いろいろな人がいる社会だからこそ、お互いに配慮し合い共生することを目指し、「違いを認め共に生きる」という心を持ちましょう。

今、びっしりとついたイチョウの実は、その重さで枝をしならせ、私の顔の高さで緑色の実に触れることができます。実はまだ固くにおいはしません。イチョウは秋に向けちゃんと準備をしています。 

私たちは社会での選択を、イチョウに問われているようです。

                            (総主事:佐竹博)

2025年8月4日月曜日

平和を、平和を

3年前、知覧特攻平和会館を訪れました。若くして亡くなった兵士の方々の、辞世の句や家族への遺書など肉筆の数々とその内容は、今生きていることの意味を問われているように感じました。

飛行学校教官だった藤井一さんは、育てた少年飛行兵が次々と特攻隊として命令が下る中、自らも志願しますが、当時は家族があるものは特攻に採用されなかったそうです。教え子に死ぬ訓練をして送り出すことに苦悩する様子を見た島田さんの妻は「後顧の憂いにならぬように、先に」と子どもともに川に身を投げたそうです。そして島田さんも特攻で亡くなられました。※

佐藤新平さんが母にあてた日記の中には、子どものころ母より「今日の良き日をお守りください」「今日の良き日をありがとうございました」と毎日神様に祈るように言われた思いが書かれていました。※

今も世界の各地で争いが絶えません。先日、横浜YMCAを訪問された東エルサレムYMCAのピーター・ナシル総主事から今起きていることを教えていただきました。横浜YMCAの本部事務局にウクライナの戦火から逃れてきて母国にいる家族の安全と毎日の生存を祈りながら、懸命に働き、生きている若者がいます。

平和を祈る讃美歌のフレーズが頭の中で繰り返されます。「憎み、あらそい、後を絶ちて、平和と愛は 世界に満ち、み旨の成るは いずれの日か。『来たらせたまえ、主よ、み国を』。」(讃美歌21 494)「このこどもたちが 未来を信じ、つらい世のなかも 希望にみちて、生きるべきいのち 生きていくため、 主よ、守りたまえ、平和を、平和を。」(讃美歌21 371)。平和を想い、祈る夏を過ごしています。

※『新編知覧特別攻撃隊』高岡修 ジャプラン」

                            (総主事:佐竹博)

2025年7月1日火曜日

経営職?

YMCAでは「顧客」「儲け・利益」などの用語をあまり使用しません。YMCAの公益的な働きにそぐわないのであえて避けているのだと思います。 YMCAの事業は、使命に基づき、社会問題をとらえ、自分たちのリソースを活用して社会課題に取り組む、いわゆる手段です。しかしその形態は一般的にみて、ほとんどが企業のものなどと「競合」している現実があります。同様の事業を行っている業界のセミナーを受けたり、資格取得に挑戦したり、私たちはその業界から「顧客満足度」「利益」といった言葉で学ぶこともあります。 

日本経済新聞に「7割以上が管理職になりたくない」という調査結果をもとに「管理職」を「経営職」と呼んではどうかというコラムがありました。「管理職」が嫌われるのは、調整事務管理、トラブル対応もあることなどが理由にあるそうです。本来的には管理職はマネジャーでありマネジメントを担うのは、経営を担う層のこと、組織の代表者だけが経営者ではなく、部門やチームの大小にかかわらず意思決定をしていくのが経営者だということで経営職の説明がありました。

YMCAの責任者もそれぞれの部署で地域や社会や人びとのためにすべきことを展開する点では経営職に相当すると思います。そして管理のためのビジネス知識やスキルではなく、あらゆる場面の意思決定のために学び、自らを高め成長させていく意欲のある人材が担うものと考えます。私はYMCA運動を実践する事業の推進者は「管理職」ではないと共感するのですが、「経営職」もYMCA人である私の頭にはなじまないのです。未来の担い手を育てるために考える日々です。

                              (総主事:佐竹博)


2025年6月2日月曜日

三位一体

地元の集会で開会礼拝を担当した牧師が、教会の働きから3つを説明されました。①聖書に基づきしっかり立つ。聖書を真剣に学び、生き方の基盤とする。②愛の業に励む。人権意識を持ち、弱くされている人のための救済・解放に励む。③若い人たちに委ねていく。その時の若い人たちの心のよりどころとなり、集う若い人たちに継承を委ねる。

その牧師によれば、クリスチャン人口が大いに増えた時代は、この3つが同時に行われていたそうで、現代社会においても3つ同時の展開が必要だとの見解を示されました。例えば②は、多くの寄附を集め、ダイナミックな活動をしている団体はたくさんあります。③も同様で、青年が集い、自主的な活動をしている団体が、法人という枠を超えて常に新しい形態で生まれています。①だけに取り組んでいては、クリスチャン以外の人たちが、教会に近づかないというのです。しかし、クリスチャンの高齢化と減少が危惧される中、3つを同時にすることは難しいだろう、という結論でした。

YMCAならどうでしょうか。掲げている使命に②と③は備わっています。しかし②・③を専門にしている有名な団体からは差をあけられていないでしょうか。私たちが、隣人のために仕える働きをする団体で、ユースエンパワ―メントに取り組んでいる団体だ、と具体的な行動を伴いつつ、社会に発信していく必要があります。そして聖書に学び、イエス・キリストの生き方に基づいて行動し、キリストの香りを放ち続けていくことが本当にできたなら、3つの働きを同時にできたYMCAは、多くの人びととともに150年も200年も社会・地域・人びとに必要とされるYMCAであり続けられると思うのです。

(総主事 佐竹博)


2025年5月1日木曜日

確信

あるYMCAの総主事が仲間を送り出すときに「”絶対”と言わないように」とアドバイスしたそうです。YMCAにとって大切な心構えとして私自身も常に気を付けなければならないといつも思っています。一方で迷いや不安にある自分の心を奮い立たせるために「絶対大丈夫」と胸の内でつぶやいていることはよくあります。

先日見た映画「教皇選挙」の中で、「確信」することの危うさ、罪について語られる場面がありました。疑念と共に迷い悩みつつ、誤りを認めることのできる信仰の大切さを感じました。教皇を選出する108人の中にある、欲望や嫉妬心、他者との比較など私たちの身の回りにもありそうな場面がたくさんある中、登場人物の一人が、誰と戦っているのか、内を向いてばかりで、外で起きていることに目が向いていないと諭します。

私たちYMCAも自分たちの活動を守ることが優先されていないか、社会、地域、人びとにとって必要な働きができているのか、それは「仕える働き」になっているのかをいつも問い続けているようでありたいです。善い働きをし、善い言葉を語る者となるために、私たちYMCAは社会に目を向け、自分たちがすべきことと、そしてできることを考えていくことを大切にしていきます。

会員総会を月末の31日に久しぶりに湘南とつかYMCAを会場にして行います。会員の皆様と志を共にする機会にしたく思います。ぜひご参加ください。

(総主事 佐竹 博)


2025年4月1日火曜日

柳暗花明

 「どれくらい眠れぬ夜を越え止まない雨に打たれ大人になったろう?」「君よ次代に向けて愛を謳って欲しい」「人を敬いながらいつも守って欲しい」

災害などで思わぬ苦難の中にいる地域・人びとに向けたという曲の歌詞の一部です。すべてにやさしい気持ちと寄り添う気持ちが込められ、歌声とともに心に響きます。歌詞の中に2度「リューアンカメー」と登場する言葉があります。歌詞を見れば、本コラムのタイトルにある4字熟語でした。諸説あるようですが「山が幾重にも重なりあい、川がまがりくねって、この先の路は行き止りかと思っていると、ほの暗く生い茂った柳の向こうに色鮮やかな桃の花に囲まれた村が目の前にあらわれた」という中国漢詩に出展があるようです。暗闇を抜けるとその先に道が開けるという希望の意味として歌詞に登場する意図が伝わります。

新しい年度が始まりました。今年度の横浜YMCA基本聖句は「どうか、あなたがたの心を励まし、また強め、いつも善い働きをし、善い言葉を語る者としてくださるように。(テサロニケの信徒への手紙Ⅱ 2章17節)」で祈りの言葉です。今の社会に、希望を見出しづらく、ふさいでいる人がいたら励ましたい。良い方向に進んでいないとあきらめたくなるような社会にあっても人間の力を信じ、希望を持ちたい。自分一人が行動しても、と無力感を感じている人には、志を同じくする人がともにいることを伝えたい。

YMCAに関わる皆さん、この祈りの言葉に励まされ、働きを信じ、社会に地域に、人びとに仕える働きを続けていけるように、この言葉を大切にこの1年間を歩みましょう。

(総主事 佐竹博)