横浜YMCA最初の地域センターとして、1972年に戸塚区のスーパーマーケット(戸塚駅西口)の一角に戸塚センターが開設されました。人口が増え続けていた当時の戸塚区では、開設して間もなく200人ほどの子どもの登録がありました。1978年には戸塚区役所前のビルへ移転し、体育遊びや小学生英語、中学生の学習指導などのプログラムを実施しました。さらに1987年には、中・高校生の進学指導へのニーズの高まりを受け、より広い施設が必要であること、戸塚駅東口は開発が進み人口増加が始まっていること、複数路線の利用ができ便利であることなどから、戸塚駅東口のビル2階へ移転し、名称を「YMCA戸塚ステーション」と改めました。多目的ホールや研修室を備え、衛星放送の受信、パソコンコーナーの設置によるCAI(個人個別学習)ソフトの導入など注目を集める施設となりました。新たに始めた成人の英会話や従来のサッカー、野外活動クラブ、アフタースクール、小学生英語クラブなどが展開されました。その後、横浜YMCA創立110周年を迎えた1994年に、現在の湘南とつかYMCAに移転し、地域に根差した活動を展開しています。
横浜YMCA 公式ブログ
横浜YMCA~心をむすび 思いをつなぐ~
2026年3月2日月曜日
15年
23歳で横浜YMCAに入職した私は15年後(2005年)には、日本YMCA同盟に出向していました。同盟へ行くまでの15年間、プールを中心とした健康教育事業から、複数部門を経験した後、山手台センターの館長などYMCAの複数事業を経験し、職員としての働きの広がりを体感していました。そして15年かけて経験したたくさんの働き以上に同盟でしか経験できない多くの仕事に出会い学びました。その年の私は前年に発生した中越地震への全国YMCAによる復興支援活動の担当をしていました。あれから20年以上経ち、あとに発生した災害などにより中越地震は人びとの記憶からは薄れてきています。私自身当時のボランティアセンター長とはショートメールなどのやり取りがあるものの、小千谷をしばらく訪問できていません。
その2005年から15年後の2020年に私は横浜YMCA総主事を拝命し、現在に至っています。同盟から帰任後、本部事務局、大阪YMCAへの出向などを経験しました。「あっという間」とは言い難いほど多くの経験をした長く代えがたい期間だったと思います。総主事になってすぐ、コロナ禍となり2020年から2021年の間に神奈川県では3回の緊急事態宣言が出されるなど、その後に影響するほど人びとの生活様式や社会の在り方が大きく変わりました。
私自身の横浜YMCAでの15年ごとの節目を振り返ってみました。多くの出会いと学びにより生かされ成長できていることに感謝しています。一般的に言っても15年という歳月は長く、たくさんの経験を積み、人間的に成長していきます。同時に記憶の上書きがされ、忘れていくこと、忘れられていくことがあるのも事実です。
東日本大震災から15年の3月を迎えています。
(総主事 佐竹 博)
2026年2月28日土曜日
【健康教育部】キャンプリーダートレーニングがスタートしました
2026 スプリングスキーキャンプ・富士山キャンプに向けて、
子供たちと一緒にキャンプで楽しみ、安全に進められるようにリーダー一同学んでいきます。
2026年2月25日水曜日
ピンクシャツデー だいじだよ わたしのきもち ぼくのきもち
横浜YMCAでは、毎日がピンクシャツデーという気持ちで取り組んでいます。社会全体がいじめに対して「自分事として」向き合うこと、傍観者にならずに、いじめられている人と連帯することを大切にしています。公正で平和な世界の実現をめざすために、一緒に考えましょう。
2026年2月1日日曜日
140 years of HISTORY Vol.23 国際平和年とYMCAの働き
横浜YMCA は、国際連合総会が1986年を「国際平和年」と定めたことを受け、国際平和年の働きに積極的に取り組みました。「国際平和年かながわ推進協議会」の委員長には、当時の横浜YMCA総主事であった𠮷村恭二氏が就任し、神奈川県内のさまざまなNGOや行政と連携しながら、国際平和年の推進に尽力しました。
横浜YMCA では、国際平和年の特徴的な取り組みとして「新青い目の人形運動」を行いました。昭和初期に日本のYMCA と深い関わりをもっていた宣教師シドニー・ギューリック氏が、日米間の平和を願い、その象徴として米国の子どもたちから日本の子どもたちへ「青い目の人形」を贈ったことに始まります。この平和への願いが、当時の横浜YMCA 職員であった大藤啓矩氏の働きかけにより、ギューリック氏の孫であるギューリックⅢ世とその妻に引き継がれ、「新青い目の人形運動」として展開されました。ギューリック夫妻は、要望のあった横浜市や熊本県内の小学校に青い目の人形を贈呈し、現地を訪れ子どもたちと交流し、平和の大切さや尊さについて考える機会をともに過ごしました。また、青い目の人形は横浜YMCA にも贈られ、「ジョナサン君」と名づけられました。
水とタオル
プロ野球2025年シーズンで最も心に残った出来事は、スーパープレーや劇的な展開、新しい指導者像と采配などではなく、ある試合の中継で岡田彰布さんが発したコメントでした。
試合終盤のある回、投手が打たれ交代、続いて登板したリリーフがピンチを招き、ベンチがタイムをかけ、投手コーチがマウンドに行った際のことでした。小走りでマウンドに行った投手コーチはタオルとペットボトルを投手に渡して声をかけました。投手は汗をフキフキ、水分を口に含みコーチの声かけにうなずき、マウンドに集まった内野手たちの励ましに応えていました。
岡田さんはその光景に「今出てきたばかりで何球も投げていない投手に水が必要か?それより、長いこと守らされている野手たちにこそ必要なのではないか」という内容の発言をしました。「タオルと水」は、最近見るようになったように思いますが、全球団しているかどうかわかりませんし、その効果や必要性も「見るだけファン」の私は詳しくありません。投手以外の選手がどう思っているかなども身近に野球のなかった私にはわからないところではあります。一人腕を振って球を投げ続ける投手に対して一息つかせ、間をとる道具として配慮あるサービスなのだろうくらいに思っていました。しかし、水を飲みたいかどうかは別にして、もっと長い間、タオルと水分に接していない他の選手のことは、このシーンをこれまでに何度か見てきましたが、考えもしませんでした。
日々、あらゆる場面での出来事に気づきや学びがあります。当たり前と思い込むのではなく、理由や意図・意義を考え、本当にそうか・必要か、自分たちが誰かを弱い立場にしていないか、などを考えたいと思ったのでした。
(総主事 佐竹 博)
2026年1月27日火曜日
【健康教育部】冬季キャンプ報告会・おもいで会終えました
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| 集まってくれてありがとうございます |
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| リーダーから子どもたちへメッセージ |
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| 志賀ユースのリーダー |
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| 志賀アドバンスのリーダー |
| 志賀ジュニア2のリーダー |
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| 志賀ジュニア1のリーダー |
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| 富士山キッズのリーダー |













