2026年10月6日火曜日

2026年度 横浜YMCA多文化共生を考える講座 第一回報告

9月12日(土)、「多文化共生を考える講座」第一回を実施しました。

「多文化共生を考える講座」は、多様なルーツや文化を持つ人びとが、互いの違いを認め合い、ともに社会の中で生きていくために必要なことは何かを考える機会として、横浜YMCA国際・地域事業とNPO法人かながわ外国人すまいサポートセンターが共催で毎年開催している連続講座です。

全4回の講座を予定しており、さまざまなテーマや現場に触れながら、「ともに生きる社会」について参加者のみなさんと一緒に考えていきます。

第一回のテーマは、
「私たちは共に生きることができるのか?外国人の視点から多文化ソーシャルワーク実践を考える」です。

NPO法人かながわ外国人すまいサポートセンター理事長の裵安さんを講師にお迎えし、「すまいサポートセンター」の役割、そして「外国人」とはそもそも誰を指すのか、「外国人問題」とは何なのか、また、外国人が日本で暮らすようになった歴史的背景についてお話しいただきました。

近年では、ヘイトスピーチをはじめ、外国人に対する差別や人権侵害が社会的な課題となっています。

今回の講座では、これまでの歴史や制度について学ぶだけでなく、当事者の方々の声に耳を傾けながら、現在の日本社会がどのような形で成り立っているのか、そして「ともに生きる」ために私たち一人ひとりに何ができるのかを考える時間となりました。

後半には、事例検討にも取り組みました。

「住まい探しに困っている外国人Aさん」の具体的な事例をもとに、その方が置かれている背景や生活上の条件などを踏まえ、「どのような支援ができるのか」「支援する側には何が求められるのか」を参加者全員で考えました。

一人ひとりの背景や困りごとに目を向け、相手の立場に寄り添いながら、ともに地域で暮らしていく大切さを改めて感じることができました。

次回の第二回は、外国にルーツのある青少年の学習支援や居場所づくりに取り組む当事者団体「すたんどばいみー」を訪問し、実際の活動現場を見学するフィールドワークを行います。

参加者のみなさんと一緒に、さらに学びを深めていきます。 次回も、みなさまのご参加をお待ちしています!

(国際・地域事業)


2026年10月5日月曜日

140 years of HISTORY Vol.31 ミャンマーでの医療支援活動

横浜YMCAは1970年代から国際協力募金を実施しています。1991年度には、募金の使途先として世界のYMCAへの援助を開始し、バングラデシュのサイクロンの被害、フィリピンのピナツボ火山噴火、ミャンマーの軍事政権下での貧富格差に対する自立支援などに用いることとなりました。同年11月には、ミャンマーYMCA同盟総主事のリチャード・カイン氏が横浜YMCAを来訪し、イエジンの医療施設建設やアジア学院での研修受け入れ協力について協議しました。

1992年10月には、「第1回ミャンマーボランティアの旅」を実施し、杉本恭之助氏(常議員・国際事業委員長)ら5人が参加し、今後の協力関係を協議し、教育や医療支援の必要性の理解を深めました。これを受けて、翌1993年には、廣瀬誠氏(小児科医で常議員)ら13人が参加し、マンダレー管区のピンマナ町、イエジン村での巡回診療と保健衛生指導を行いました。その後も廣瀬誠氏を中心に、医師、看護師、農業関係者、教師などの専門職やボランティアによる活動が毎年年末年始に続けられました。

ミャンマーの農村にあるイエジン・クリニックで
村人を診察する故・廣瀬誠医師(1993年)



熊本にて

8月末の日曜日、猛暑日の国道3号線は八代市から熊本市街へ向かう車列で渋滞していました。進んだり止まったりを繰り返し景色はゆっくりと流れ、車中ではサザンオールスターズの曲が流れていました。

まるで置いてあるような瓦屋根、家や家財であっただろう廃棄物の山、扉の緑や赤の危険度判定ステッカー、復旧は道半ばと感じました。それでも道は開通し、重機は動き、働く人びとがいました。希望をもって進んでほしいと想いを馳せます。「♪未だ癒えない傷を抱えて長い道を共に歩こう♪深い闇から立ち上がる時 笑いながら夢を抱いて(平和の鐘が鳴る)」

留学生か働いている方か、海外から来られたと思う笑顔で会話している二人連れとすれ違いました。勝手な想像ですが、故郷を離れ災害に遭っても笑顔を絶やさず支え合う姿に感動し「頑張れ」とつぶやいていました。「♪子供らが笑う時 新しい朝が来る 希望を胸に歩き出す 足音よフレー‼フレー‼(明日へのマーチ)」

熊本YMCAの皆さん、YMCAプログラムを再開させ、被災した子どもたちのためのプログラムを企画運営し、そして被災地支援に取り組まれて、本当にお疲れさまです。どうかオンオフを切り替えてリフレッシュできますように。「♪重たいカバン下ろして ♪ようこそここへ♪勇気を出して 笑顔になろう この場所で(炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)])」

私たちも心を寄せ、共に祈り、支援に参画していきます。離れていてもつながります。「♪遠く離れ離れの時も「大好きだよ」と嗚呼 口唇に微笑みを Oh…いつの日も乗せて‼(I AM YOUR SINGER)」 

最後に伊藤総主事、「♪栄光にみちた孤独なHERO♪情熱を消さないで♪一人背負わないで(SMILE~晴れ渡る空のように~)」


2026年9月14日月曜日

【富士山・三浦サマーキャンプ】報告会・おもいで会が行われました

 2026年度富士山・三浦サマーキャンプの報告会とおもいで会が対面で無事に行われました。
キャンプで行ったことを写真をスライドさせて振り返ったり、リーダーと一緒にキャンプで行ったゲームやキャンプソングを歌ったり過ごしました。

思い出の場面を見てふりかえり

ダンスをみんなで思い出して踊ったり、ゲームをしました

キャンプの報告書とパーソナルレコードとして一人ひとりにメッセージを記入したものをリーダーより手渡しをいたしました。

富士山YMCAからあびすけリーダーも来てくれました

「もっとキャンプソング歌いたいな」「来年も絶対キャンプに行きたい!」「今度はスキーに挑戦したい!」など最後は名残惜しむ子どもたちの姿が印象的でした。


保護者の皆様もこんなキャンプ生活だったんですねと改めて子どもたち同士やリーダーとの楽しい雰囲気も見てもらえました。ご参加いただきました皆様ありがとうございました。

全てのキャンプ報告会・おもいで会を終えて、キャンプリーダーの評価会と感謝会も行いました。キャンプでの気づきや次回やってみたいことなどグループで話し合いをして、さらに良くなっていくキャンプを目指して共有をしました。

次は冬・春のキャンプとなります。
【https://www.yokohamaymca.org/event/2026winter_2027spring_camp/】
またキャンプでお逢いできる日を楽しみにしております。

富士山・三浦キャンプリーダー一同

2026年9月2日水曜日

ウクライナユーススタッフがYMCAとつか乳児保育園を訪問しました

 8月7日、YMCAとつか乳児保育園を訪問し、ウクライナユーススタッフが子どもたちと保護者と交流しました。

 最初に、横浜YMCAでのウクライナ支援活動(横浜市緑区の近隣で暮らすウクライナのみなさんが母国語でつながり合える交流の場「みどりクラブ」など)について説明しました。

その後、参加者の皆さんとの距離を縮めるため、ウクライナの昔話「大きなかぶ」(ウクライナ語版)を紹介しました。おじいさんが大きなかぶを育て、それを土から抜くために、おばあさん、孫、犬、猫、そして小さなねずみまで、家族みんなで力を合わせるというお話です。

この物語には、「みんなで力を合わせれば、一人ひとりの力は小さくても大きな力になり、目標を達成することができる」というメッセージがあります。この考え方は、現在の厳しい状況の中で、私たちウクライナ人にとって特に心に響くものです。

 当日のお昼は、伝統的なウクライナ料理であるボルシチでした。そこで、ボルシチの材料を紹介し、それぞれの材料をどのように切り、どのような順番で調理するのかを、実際に見せながら説明しました。

      

保育園のみなさんが必要な材料をすべて用意してくださり、子どもたちが調理の過程を見られるように透明な鍋も用意してくださいました。子どもたちは鍋の周りに集まり、興味津々な様子で、楽しそうに調理の様子を見ていました。

遊びの時間になると、ウクライナの歌遊び「カメの歌」を一緒に歌いました。音楽に合わせて体を動かしました。

その後は、子どもたちと一緒におもちゃで遊んだり、屋上に上がって水遊びにも参加したりしました。子どもたちは絵の具を使って、水や床、大きな段ボールのキャンバスなどを自由に色付けしていました。足と手を使って、思い思いの絵を描いていました。


子どもたちがこれほど自由に自分を表現し、遊ぶことのできる環境と、そこから生まれる創造的な雰囲気を見ることができ、とても印象的でした。

 

昼食には、みんなでボルシチをいただきました。子どもたちは自分の好きな食べ物を教えてくれました。

私たちは一日を通して、楽しく交流しながらお互いをより深く知り、新しいことを学び、一緒においしい食事を楽しむことができました。ありがとうございました。

(ウクライナユーススタッフ)

小田原市主催の「平和を考える講座」に参加しました

 8月1日(土)と8月18日(火)に小田原市主催の「平和を考える講座」に横浜YMCAウクライナユーススタッフが登壇しました。

以下、ウクライナユーススタッフからの報告です。


8月1日(土)の第1部では、沖縄県の「ひめゆり平和祈念資料館」とオンラインでつながり、沖縄戦についてお話を伺いました。


当時の女学生は看護補助要員として働き、水も食べ物も十分にない厳しい状況の中で負傷した人々の手当てをしていたことについて、資料館の方からお話しがありました。


とても衝撃的な内容であり、戦争が起こる背景は国や時代によって異なっていても、その結果として、多くの人々が苦しみ、時には命を失うことになるということを、改めて考えさせられました。


特に印象に残ったのは、本来であれば勉強をしたり、友人や家族と過ごしたり、将来について考えたりするはずだった若い人たちが、戦争の中で生きることを余儀なくされたことです。それは第二次世界大戦の時代だけの話ではなく、今も世界のさまざまな場所で起きています。


そして、8月18日(火)の第1部では長崎県の「原爆死没者追悼平和祈念館」の方から原爆投下についてのお話しをオンラインで聞きました。

一瞬にして命や街がなくなる様子が目に浮かび、当時の状況を鮮明に感じました。

講演を聞きながら、当時の写真を見ることがとても辛く感じました。


写真に写っているような恐ろしい出来事を実際に経験し、その中で生きてきた、そして今も生きている人びとがいます。戦争は、遠くから見るニュースや写真ではなく、誰かにとっては現実そのものなのだと、改めて感じました。そして、死者数などの数字や統計の一つひとつには、必ず一人の人間がいるということを強く感じます。そこには、子どもがいて、母親がいて、父親がいて、兄弟や姉妹がいて、友人がいます。それぞれに夢や将来の計画があり、当たり前の日常を送っていた人たちです。しかし、ある日突然、戦争によってその日常や大切なものを失ってしまうことがあるのです。



また、8月1日と8月18日ともに第2部では、ウクライナについてお話ししました。


戦争が始まる前のウクライナでの生活、戦争が始まってからの避難の経験、そして現在日本で暮らしている中で感じていることについて紹介しました。また、戦争によって、ウクライナで暮らす普通の人々の日常生活がどのように変わったのかについてもお話ししました。


私たちは自分自身の経験を伝えるだけではなく、参加者の皆さんと一緒に、「平和とは何か」「なぜ今、平和について考え、語ることが大切なのか」について考える時間を持ちました。

参加者からは、平和があるからこそできる、当たり前のようでいて大切なことがたくさん挙げられました。


安心して眠ること、家族と一緒に過ごすこと、日常を送ること、好きなものやおいしいものを食べること、自分の好きなことをすること、学び、教育を受けること、自由と平等があること、外国の人々とも良い関係を築くこと、爆発音を聞くことなく、常に恐怖を感じながら生活する必要がないこと、そして、戦争のない環境で暮らすこと。


平和な国で暮らしていると、平和は当たり前のもののように感じられるかもしれません。しかし、自分の国が戦争を経験すると、平和というものをまったく違った形で考えるようになります。


今回の話し合いの中で、ある参加者が、


「平和とは、朝、恐怖を感じることなく目を覚まし、大切な人たちと一緒に過ごし、将来のことを考え、学び、働き、街を歩き、ただ普通の生活を送ることができること」


と話していました。


私はその言葉に強く共感しました。なぜなら、そこに挙げられていることは、特別なことではなく、誰もが必要とする基本的で大切な生活そのものだからです。


この話し合いを通して、平和とは、決して遠いところにある特別なものではなく、私たちが日々の生活の中で当たり前のように享受している、たくさんの小さな幸せによって成り立っているものなのだと感じました。


今回のような交流の機会は、戦争や記憶、そして平和について考え、語り合うことの大切さを改めて教えてくれます。


8月は、日本では平和の大切さについて改めて考える時期でもあります。そのような時期に、日本とウクライナ、それぞれの戦争の記憶や経験について語り合えたことには、大きな意味があったと感じました。

国や世代によって、経験してきた歴史や戦争の背景は異なります。しかし、安心して暮らしたい、家族と一緒にいたい、未来を考えながら生きたいという、人びとの平和への願いは共通しています。


私たちの経験やウクライナについての話が、日本の社会の中でウクライナやウクライナの人びとについて理解を深めるきっかけになればと思います。そして、このような交流を通して、一人ひとりが平和の大切さについて考えるきっかけが生まれることを願っています。


平和は、それを失ったときに初めて、その大切さを強く実感するものなのかもしれません。

だからこそ、私たちは平和について語り、記憶し、そして日々大切にしていく必要があるのだと思います。

(ウクライナユーススタッフ)

2026年9月1日火曜日

140 years of HISTORY Vol.30 阪神・淡路大震災ボランティア

1995年1月17日、淡路島北部を震源にマグニチュード7.3の地震が発生し、兵庫県南部を中心に壊滅的な被害をもたらした阪神・淡路大震災は、死者・行方不明者6,434人、負傷者43,792人、避難者は30万人(消防庁)を超えました。

横浜YMCAでは、地震翌日に阪神大震災対策本部を設置し、1月18日から募金活動を開始したほか、神戸YMCAや日本YMCA同盟との連携により西宮YMCAへの職員派遣、ボランティアの派遣、文具支援などを行いました。横浜YMCAでは、2月に学生や社会人など17人を第1回として派遣し、YMCA六甲研修センターに宿泊し、全国YMCAからの120人とともに神戸市長田区、西宮市、芦屋市などで支援に当たりました。また現地からの依頼を受け、芦屋市の小学校の避難所を3月まで主体となって運営すべく2グループ計13人を派遣しました。

その後は、全国YMCAが主管となり、建設されたボランティアハウスを利用しボランティアを5泊6日の単位で1回40人を25期にわたり派遣を続けるなど、人びとの直接的なニーズに寄り添う働きを行い、市民や行政から厚い信頼を寄せられました。

炊き出しや物資の配布など
救援活動にあたるスタッフを派遣した