2026年7月31日金曜日

【三浦YMCA】三浦ファンタジー海キャンプ始まりました!

 三浦YMCAグローバル・エコ・ヴィレッジでファンタジー海キャンプが始まりました。
今年は保護者の皆さまの送迎で集合しました。


元気な子どもたちが集まり15名のキャンプが始まります。
初めて会ったみんなとゲームをしたり、三浦の広い空の下、みんなで歩いて探検をしました。

夜は台湾とイギリスから来ている2人のリーダーの紹介と、それぞれの国の挨拶を学び、じゃんけんやジェスチャーでのゲームで盛り上がりました。



明日は、海での活動を行います。1日をふりかえってゆっくりとおやすみなさい。

三浦ファンタジーキャンプ
担当:松本・服部

【富士山YMCA】ネイチャー・わくわくサマー・ジュニアリーダーズキャンプ一日目報告②

  3キャンプ合同でキャンプの開村式を行い、プログラム運営をサポートする駐在の紹介、キャンプ場のルールなどを確認しました!


 到着して間もないのでまだ少し緊張している子もいますね。アイスブレイクゲーム大会でみんなの距離がぐっと近くなりました。

 わくわくサマーキャンプのみんなは、本日の寝る場所を設営しています。「これはなんだ?」「ここを通すのか!」みんなで協力して建てることができました。

 ネイチャーキャンプのみんなは、野球場10個分の大草原であそび始めました!みんなの遊びは無限大~4日間あそびつくそう!


 入浴・夕食後は、どきどきわくわくナイトハイクを実施予定です。終了後は、早目に休みましょう。
担当:高井、淺野、金井

140 years of HISTORY Vol.29 光州YMCAへの訪問団~平和の構築目指

1990年9月に、横浜YMCAでは歴史的課題を学ぼうと会員による旅(茂木雄団長)を計画し、7人の代表団(委員・職員)が光州YMCA70周年記念式典に出席し祝意を伝えました。式典に先立ち、一行は1980年の光州民主化運動に立ち上がり、命を失った犠牲者の眠る市民墓地を訪れ、祈りを捧げました。茂木団長は「YMCAの先輩、若くして犠牲となった学生など、YMCAにゆかりの深い方々の墓前に花を捧げ、事件の残酷さとその事実を学ぶことができた」(『横浜青年』1990年11月号)と記しています。また、光州からソウルに移動した一行は、日本の憲兵隊が独立運動に参加した村の住人たちを教会に閉じ込めて銃撃し建物ごと焼き払った事件で知られる堤岩里(チェアムリ)教会を訪問し、三・一独立運動に関わり犠牲となった方たちの墓前にて、参加した小林利夫牧師(横須賀YMCA運営委員)の司式で墓前礼拝を行い、皆で懺悔の祈りと罪の赦しを願いました。1991年8月に、ソウルで開催された第1回世界YMCA大会には、横浜YMCAから15人が出席し、86の国と地域から参加した約900人と交流し、平和の実現に向けた学びを重ねました。横浜YMCAでは、アジア地域の平和構築を目指す働きに取り組んでいました。

犠牲者の墓前で祈りを捧げる訪問団

サマルさんの日記

2025年5月27日(火)「…ガザの人々にとって、食事の準備は大きな懸念事項となっています。今日、アメリカとイスラエルの援助物資の配給が始まりました。しかし配給センター付近でのイスラエル軍による大規模な攻撃やパレスチナ人による略奪や窃盗のため、失敗したようです。私や私の知り合いの多くは、このような屈辱的な方法で食料を受け取りに行くことはできません。」5月28日(水)「…電気は2年近くも来ておらず、調理用のガスも燃料もなく、食べる物さえありません。…2年近く手洗いの洗濯をつづけたため、私の手は本当に傷んでいます。」これらはガザで生活をする37歳(日記当時)のサマル・アハマドさん(家族は夫・3男1女)の日記の一部です。2025年4月から11月にかけての約100篇の日記が書籍※になっています。サマルさんの日記には生々しく日々の日常がつづられています。戦火や避難生活の過酷さだけでなく、子どもたちの生命にかかわる健康への不安、子どもたちからの素朴な質問の中にある戦争への恐怖や、答えに窮する親としての悩みなど。中には、「本当につらい」という表現もあり、読むほどに現実を知ることになります。

ニュースやSNSの映像を通してそれなりに知ったつもりでいた内容は表面的なことだと知らされます。「そこ」に生きている人びとの言葉を通して現実を想像し、より深く思いをはせることにつながります。改めて自分たちが平和であることを認識し、置かれた環境に感謝の気持ちを持つことができます。そして祈り、支援をしようという発想や行動につながっていきます。私たち自身が、知ったかぶりの事情通にならないためにも謙虚になり、知ろうとすること、積極的に苦しみの中にいる人に思いをはせる姿勢がまず大事だと、日記を読みながら思います。

                             (総主事 佐竹  博)


【富士山YMCA】ネイチャー・わくわくサマー・ジュニアリーダーズキャンプが始まりました!

  富士山YMCAのサマーキャンプがスタートです!今年は、イギリス(2名)、台湾(2名)のリーダーがみんなをお迎えいたします。

 高校生ジュニアリーダーキャンプの出発前の様子~みんな元気いっぱいです!




 バスの中では、歌やゲームで盛り上がったり、お菓子タイムで笑顔も広がっていました。移動も順調で、富士山YMCAに12時前に到着しました。さぁキャンプが始まります。


笑顔・元気・つながろう富士山!
担当:高井、淺野、金井

2026年7月28日火曜日

Wings of Peace ― 折り鶴がつなぐウクライナと日本

2026年7月11日、ウクライナのオデーサYMCAと日本の横浜YMCAにより、オンラインプログラム「Wings of Peace ― 折り鶴がつなぐウクライナと日本」が開催されました。このプログラムは、折り紙を通じて、平和、相互理解、文化交流を促進することを目的としています。

平和への共通の願いの象徴として、「折り紙の鶴を折る」という取り組みを通じて、参加者が心を一つにしました。プログラムでは、参加者たちが折り鶴を折り、それらはすでにオデーサから横浜へ届きました。これらは、戦争のない世界を目指す私たちの共通の決意として、広島の原爆の子の像に奉納される予定です。

プログラムは、オデーサYMCAと横浜YMCAの担当者の自己紹介から始まりました。

参加者は折り紙の歴史や哲学、日本における文化的意義、そして平和の価値観をかたちづくる役割について学びました。日本では遊びとして身近な折り紙ですが、その原理が芸術の枠を超え、現代の科学、医学、工学、建築、その他多くの分野に応用されている点にも焦点が当てられました。

そしてもう一つの重要なトピックは国際的な平和の象徴である「折り鶴」の物語です。

横浜YMCAのユーススタッフであるカテリーナさんは、昨年参加した広島YMCAユースピースセミナーでの経験を紹介しました。佐々木禎子さんと広島の悲劇の記憶、世界各地から寄せられた折り鶴がどのように広島の原爆の子の像へ届けられるのか、オデーサの参加者へ伝えました。

参加者たちはまた、ウクライナと日本の文化における平和の象徴、その意味、そして社会における重要性についても議論を交わしました。




プレゼンテーションの後、オデーサYMCAの理事で、国際交流、アートセラピー活動、研修プログラムを担当するマリヤさんによる折り紙のワークショップに参加しました。一緒に折り鶴を作ることは、単なる創作活動にとどまらず、両国の参加者間のコミュニケーションの機会となりました。伝統的な折り鶴を折るだけでなく、ウクライナの参加者たちは自作のミニチュア鶴を誇らしげに披露し、日本の参加者たちは伝統的な着物や花、その他の紙細工など、自分たちの折り紙作品を共有しました。



今回のプログラムには、小学生・中学生、高校生、保護者、ユース、ボランティアなど、多くのYMCA関係者が参加しました。平和という共通の理念のもと、異なる世代や文化を持つ人々が集い、対話し、参加者がウクライナと日本の文化に対する理解を深めることができました。原爆の惨禍を経験した日本と、今も戦争という現実の下で生活しているウクライナの仲間たちがともに平和を願いあう、意義深いものでした。しかしこのプログラムが終わりに近づいたとき、オデーサでは空襲警報が発令されました。ウクライナの参加者は一時的に避難所へ移動せざるを得ませんでした。

「ほぼ一日中、空襲警報が鳴り続けています。一つが止むと、すぐにまた次の警報が鳴り始めるのです」と、オデーサYMCAのヴィタリー・ヴァカルチュク会長は語りました。

悲しいことに、ウクライナでの戦争はすでに4年半に及び、今も平和な日々や罪のない人びとの命が奪われています。すべての参加者にとって、何百万人ものウクライナ人が日々直面している現実を目の当たりにすることとなりました。また、平和な世界を実現するためには、単に平和を願うだけでなく、戦争の原因に取り組み、それを阻止しなければならないという重要なメッセージを再確認させるものでもありました。

平和の価値、国際的な連帯の重要性が浮き彫りとなったプログラムとなりましたすべての人にとってより安全な未来を築くため、私たちはオデーサYMCAとの協働を継続していきます。

※8月6日、広島の原爆の子の像にオデーサYMCAから届いた折り鶴を献納しました!(写真右)

(ウクライナユーススタッフ)

2026年7月20日月曜日

【富士山・三浦】海外ユースリーダーが1か月滞在します!

 今年の夏も、富士山と三浦の両グローバル・エコ・ヴィレッジにて海外からのインターン(キャンプボランティア)受け入れます。今回は世界に発信して、イングランド・台中YMCA(ICCPJ-International Camp Counselor Program in Japan)から応募のあった6名が来浜し、富士山YMCAに4名、三浦YMCAに2名が配属されました。

 7月14日に横浜YMCAに集合し、オリエンテーション、施設見学を行った後、最初は、全員「富士山YMCAグローバル・エコ・ヴィレッジ」で7月20日まで過ごしました。YMCA保育園の5歳児キャンプのみんなと楽しく過ごすことができました。

 何が食べたい?と聞いてみたところ「お好み焼き」というリクエストがあり、食堂の海老鮮さんがお好み焼きパーティーを開いてくれ、みんなもお腹いっぱい楽しむことができました。

 7月20日からは、富士山YMCA・三浦YMCAにわかれて、サマーキャンプの準備、トレーニングなどを行う予定です。
 この夏、富士山・三浦グローバル・エコ・ヴィレッジで、皆さんとお会いできることを楽しみにしております。
担当:坂地、石川、瀬戸、服部、金井、三上

2026年7月13日月曜日

ウクライナ支援活動:第42回みどりクラブ

 7月6日、第42回みどりクラブを開催しました。今回のテーマは「ウクライナの音楽文化」です。

参加者は、ウクライナ音楽の歴史について学び、1950~1960年代のウクライナ音楽をテーマにしたドキュメンタリー映画『ワルツ・イズ・システム(Вальс із системою)』前編を鑑賞しました。作品では、ソビエト体制下で活動した音楽家や芸術家、そして当時の文化的背景が紹介され、ウクライナ音楽の歩みと、民族アイデンティティを支える文化の重要性について理解を深める機会となりました。


上映後参加者は感想を語り合い、当時の思い出や様子、両親や祖父母から聞いた話を共有しました。

家族の思い出を分かち合い、音楽がそれぞれの人生の中で果たしてきた役割について考える貴重な時間となりました。映画には日本語字幕が付いていたため、日本人スタッフも鑑賞に参加し、日本での当時の暮らしや思い出について話してくださいました。

その後、参加者は人生の中で心に残っているウクライナの歌を思い出しながら語り合い、共に歌いました。

みんなで歌う時間は、言葉では表しきれない特別な温かい空間となりました。

日本人スタッフも歌詞に込められた意味や背景について興味深く耳を傾け、さまざまな質問をしていました。

その中で印象的だったのは、「ウクライナの皆さんはこれらの歌を全て知っているのですか?それほど有名な歌なのですか?」という、少し驚いた様子の質問でした。

実際、多くのウクライナ人にとって、そして私自身にとっても、歌は日常生活の一部です。祖父母や両親は、自分たちが歌う中で子どもや孫に自然と歌を教えます。学校でも行事やコンサートでは歌が歌われ、その中にはウクライナの民謡も数多く含まれています。歌は、普段の暮らしの中でも、そして特にお祝いの日には欠かせない大切な存在なのです。

会場は終始温かな雰囲気に包まれ、音楽を通してウクライナ文化への理解を深める、実りある交流の機会となりました。 


(ウクライナユーススタッフ)



2026年7月4日土曜日

サマーキャンプ実技リーダートレーニング実施

7/4~5までの期間で 三浦YMCAグローバル・エコ・ヴィレッジを会場とするサマーキャンプのリーダーが集まりトレーニングを行っています。
参加した横浜・東京・埼玉のリーダー一同

本日はマリンプログラム(カヤック、スノーケリング、磯の観察)を中心に午前中を使って行う中、東京、埼玉のYMCAからリーダーも集まっていただき合同で実施ができました。
遠方から朝早くより集まっていただき感謝!
子どもたちと出会うことを想定して。。。

初めて会うリーダー同士でコミュニケーションゲームを行いすぐに打ち解けて海の活動に入りました。
バディーでカヤックを運び、パドルの操作をレクチャーを受けていざ大海原へ!
海のコンディションも良く上達も早かったので、少し遠くのエリアへ上陸してスノーケリングも行いました。


まだ水温は低かったですが、実際に子どもたちを安全に活動してもらうために実体験を通して学ぶことができました。


リーダーのみんなからは、「安全にプログラムを提供する準備が大変でした。」、「初めてカヤックを漕いだけど、だんだんと上手くなり楽しくできました。」、「初めて出会ったYMCAの仲間と一緒に短時間でしたが良い時間となりました。」など意見がたくさんありました。
午後は、東京、埼玉のみんなと別れ、野外炊事の実際として、薪に火をつけることや、野菜を包丁で切ることなどみんなで協力することができました。



夜はキャンプファイヤーで楽しいひと時を過ごすとともに、子どもたちへどんなメッセージを伝えていくか?も考えながら進められました。


明日は、親子のイベントで実践したカヤックや磯の観察でのサポートを行います。
2日間を通じて安全と楽しさを伝えることを実践で学ぶことができ、これからキャンプまでの準備を進めていきたいと思います。

三浦サマーキャンプリーダー一同

2026年7月2日木曜日

ウクライナ支援活動:第41回みどりクラブ

6月1日、第41回みどりクラブの交流会が開催されました。

今回のテーマは、「日本の皆さまへの感謝を込めて、ウクライナの伝統料理で交流を深めること」で、参加者の皆さんが日本人の友人たちと一緒に料理や食事を楽しみながら、温かい交流の時間を過ごしました。交流会では、日本人の友人の皆さまとともに、ウクライナを代表する伝統料理である香り豊かなボルシチを作りました。また、参加者それぞれが手作りのサラダや前菜、ビーツを使ったさまざまな家庭料理を持ち寄り、日本の皆さまへの感謝の気持ちを表しました。

料理の準備や食事の時間を通じて、参加者同士が自然に会話を楽しみ、それぞれの文化や家庭料理について紹介し合う機会となりました。日本人参加者の皆さまもウクライナ料理に大変興味を示され、多くの質問や感想が交わされるなど、終始和やかで活気のある雰囲気に包まれていました。会場ではウクライナの歌を流し、雰囲気はさらに盛り上がりました。

特に、ボルシチの作り方や地域ごとの味の違い、ウクライナの食文化について多くの関心が寄せられ、参加者同士の交流がさらに深まりました。

また、手作りの料理を囲みながら、お互いの経験や思いを共有する貴重な時間となりました。今回は子どもたちもイベントに参加し、大人たちが料理や交流を楽しんでいる間、子どもたちは日本人スタッフと一緒に遊びながら楽しい時間を過ごしました。



最後には、お茶やコーヒーを飲みながら参加者全員でゆっくりと歓談し、温かな雰囲気の中で交流会を締めくくりました。

 

(ウクライナユーススタッフ)

2026年7月1日水曜日

140 years of HISTORY Vol.28 湾岸戦争避難民救済のための緊急募金

1990年11月から行った横浜YMCA国際協力募金は、1月に、湾岸戦争の影響でヨルダンにおける難民救済のため、日本YMCA同盟とともに緊急支援募金を行いました。横浜YMCAでは、さらに募金期間を延長し、厚木YMCAは本厚木駅前にて、横浜中央YMCAでは関内駅前にてリーダーや子どもたちが市民に避難民の実情を訴え、募金を呼びかけました。1991年4月には、神奈川県民湾岸募金を実施することになり、神奈川県下のNGOグループにより構成された「800万県民による湾岸戦争被災市民等への支援」実行委員会が構成され、当時の横浜YMCA𠮷村恭二総主事が委員長を務め、4月から6月にかけて県内で募金キャンペーンを行いました。集められた募金は、神奈川県から国連難民高等弁務官事務所へ実行委員会を通じて1,000万円、それに加えて、募金2,056万9,000円が集まり、国連協会本部からユニセフへ、JVC神奈川からイラク新月社へ、横浜YMCからアンマンYMCAへ3分割された額が現地の食料、衣料品、医薬品、テント等の支給に用いられました。横浜YMCAでは、募金活動に続いて取り組む支援活動についての検討が進められました。

湾岸戦争緊急募金を呼びかける
ユースリーダーたち(1991年2月JR関内駅にて)


期あり、時あり

私は大阪YMCAに出向をしていたことがあります。着任当初、50歳代目前での出向、自分に何が求められているのか、これからどうしようと思いながら、始めは各拠点訪問をしながらスタッフに会い、同じYMCAとはいえルールや活動内容だけでなく、文化の違い、組織風土の違いなども知る中で、戸惑いやこれからの仕事をどうやっていこうなど考えていました。

横浜では、仕事でのネガティブ感情や、仕事頭のまま家に帰らないように、帰りに軽く一杯、心のスイッチを切り替えて帰宅といったルーティンがありました。ところが、切り替えて配慮する家族がいない単身赴任では、外で呑んで帰宅しても、何も変わることなく、四六時中仕事のことを考えていたように思います。

約1か月が過ぎたころ、上司が運転する車でキャンプ場の視察に同行することになりました。社車内のBGMは、上司が好きだというsuperflyの曲でした。「スタンドアップ!」「道なき道を 切り開く時」「Going on, moving on」「前に道などナッシング そう、全て心意気」あの迫力ある声とともにこれらの歌詞が胸にドーンと響きました。あの時期、あのタイミング、そしてあの曲、私はとても勇気づけられ、以降出向期間最後まで全力で走り切りました。私の様子を見ていてくださり、視察に誘い、励ましてくれたのだと思っています。

つい、声をかける時など相手のことを考えすぎるあまり何もしないで終わり「配慮のための配慮」が足かせとなり後悔することがあります。伝道の書には「天が下の萬の事には期あり、萬の事務には時あり」とあります。私はそうやって元気づけられたことを思い出すたび、後悔のないように今が神様から与えられた時なのだと思うようにしています。

                                    (総主事 佐竹  博)