2026年10月5日月曜日

140 years of HISTORY Vol.31 ミャンマーでの医療支援活動

横浜YMCAは1970年代から国際協力募金を実施しています。1991年度には、募金の使途先として世界のYMCAへの援助を開始し、バングラデシュのサイクロンの被害、フィリピンのピナツボ火山噴火、ミャンマーの軍事政権下での貧富格差に対する自立支援などに用いることとなりました。同年11月には、ミャンマーYMCA同盟総主事のリチャード・カイン氏が横浜YMCAを来訪し、イエジンの医療施設建設やアジア学院での研修受け入れ協力について協議しました。

1992年10月には、「第1回ミャンマーボランティアの旅」を実施し、杉本恭之助氏(常議員・国際事業委員長)ら5人が参加し、今後の協力関係を協議し、教育や医療支援の必要性の理解を深めました。これを受けて、翌1993年には、廣瀬誠氏(小児科医で常議員)ら13人が参加し、マンダレー管区のピンマナ町、イエジン村での巡回診療と保健衛生指導を行いました。その後も廣瀬誠氏を中心に、医師、看護師、農業関係者、教師などの専門職やボランティアによる活動が毎年年末年始に続けられました。

ミャンマーの農村にあるイエジン・クリニックで
村人を診察する故・廣瀬誠医師(1993年)



熊本にて

8月末の日曜日、猛暑日の国道3号線は八代市から熊本市街へ向かう車列で渋滞していました。進んだり止まったりを繰り返し景色はゆっくりと流れ、車中ではサザンオールスターズの曲が流れていました。

まるで置いてあるような瓦屋根、家や家財であっただろう廃棄物の山、扉の緑や赤の危険度判定ステッカー、復旧は道半ばと感じました。それでも道は開通し、重機は動き、働く人びとがいました。希望をもって進んでほしいと想いを馳せます。「♪未だ癒えない傷を抱えて長い道を共に歩こう♪深い闇から立ち上がる時 笑いながら夢を抱いて(平和の鐘が鳴る)」

留学生か働いている方か、海外から来られたと思う笑顔で会話している二人連れとすれ違いました。勝手な想像ですが、故郷を離れ災害に遭っても笑顔を絶やさず支え合う姿に感動し「頑張れ」とつぶやいていました。「♪子供らが笑う時 新しい朝が来る 希望を胸に歩き出す 足音よフレー‼フレー‼(明日へのマーチ)」

熊本YMCAの皆さん、YMCAプログラムを再開させ、被災した子どもたちのためのプログラムを企画運営し、そして被災地支援に取り組まれて、本当にお疲れさまです。どうかオンオフを切り替えてリフレッシュできますように。「♪重たいカバン下ろして ♪ようこそここへ♪勇気を出して 笑顔になろう この場所で(炎の聖歌隊 [Choir(クワイア)])」

私たちも心を寄せ、共に祈り、支援に参画していきます。離れていてもつながります。「♪遠く離れ離れの時も「大好きだよ」と嗚呼 口唇に微笑みを Oh…いつの日も乗せて‼(I AM YOUR SINGER)」 

最後に伊藤総主事、「♪栄光にみちた孤独なHERO♪情熱を消さないで♪一人背負わないで(SMILE~晴れ渡る空のように~)」