2025年2月3日月曜日

140 YEARS OF HISTORY Vol.11 1960年代後半、教養文化講座盛んに

1965年10月東京オリンピックが終わり、1960年代の後半に入っていく。カラーテレビ、カー、クーラーの3Cが新三種の神器といわれ、経済発展は日本の自動車生産量を世界三位に達したといわれました。1966年から1967年にかけて横浜YMCAでは少年・青年・体育の各有志指導者の養成に力を入れると同時にプログラム活動としては教養文化的な講座を盛んに行いました。青年教養大学講座、人生設計講座、母親大学講座などを開き、これらの講座プログラムは1968年の結婚講座、婦人文化講座、1969年の青年教養大学合唱講座、将棋講座、民法講座などを加え、続いていきました。

1968年には真鶴のリトリートハウスを整備して鉄筋コンクリート三階建てとし、本格的な研修施設となりました。1968年5月に起工して同年12月に完成し、献堂式を1969年1月15日に行いました。1969年には常盤町本館のホステル事業は将来性を判断して中止しました。

同年に、1968年から従来国際友好奉仕活動として行っていた国際関係の事業を「国際事業委員会」として故杉本恭之助氏が委員長となり、事業方針を立てて組織的効率的に国際奉仕活動を展開するようになりました。

1969年にはプログラム対象年齢の低下が始まり、3歳児と母親、小学生のためのサッカー教室を開始しました。

YMCA真鶴リトリートハウスが開館(1969年)