2025年2月10日月曜日

YMCAパヤオセンターとオンライン交流会をしました!

1月25日に、YMCAパヤオセンターと2024年3月と8月のグローバル・スタディーツアー in タイに参加した学生たちがオンライン交流会を行いました。

オンライン交流では初めに、パヤオセンターからスタディーツアーが終わってからの子どもたちの様子と夏に起こった洪水の被害や支援状況について報告がありました。

1年を通して暖かいタイですが、最近は気温が低く冷える日も多くあり、子どもたちに長袖を着るようにと言っているが、なかなか着たがらない子どもたちもいるという話を聞きました。洪水被害のお話では、子どもたちの通っている学校が水浸しになり、教室の浸水、壊れた遊具の写真などを見せてもらいました。また子どもたちの出身の村に行くための道が陥没し支援物資がなかなか村に届かなかったなどの話を聞き、改めて洪水による被害の大きさを実感しました。

次に、スタディーツアーの参加者がブレイクアウトルームで分かれ、パヤオセンターの子どもたちと交流をしました。3月の参加者とのグループでは一緒に遊んだ遊びのことや最近流行っていることについて話をし、8月の参加者とのグループではクリスマスをどのように過ごしたかなどお互いの近況報告を行いました。

ブレイクアウトルームでの会話が終わった後、横浜YMCAで現在行っている「YMCAパヤオセンターに自転車を送ろう」募金についての報告をしました。

会の最後には、パヤオセンターの子どもたちからサプライズで日本語の歌「君は愛されるために生まれた」を披露してくれました。久しぶりにパヤオセンターの子どもたちと交流が出来てツアー参加者たちはまたパヤオセンターに行きたくなったという声や子どもたちが元気そうで安心したという声が聞けました。

スタディーツアーをきっかけにできた参加者とパヤオセンターとのつながりをこれからも続けていけるようこのような交流の機会をもちたいと思います。

             担当 グローバル・スタディーツアーinタイ引率 油井

 

2025年2月3日月曜日

sibling

最近「sibling」という単語に出会いました。最近、見るようになってきた性別に関係なく表現した「きょうだい」のことです。日本では障がいのある子どものきょうだいに使用するケースが多いようです。

横浜YMCAでは障がいのある子どもたちを対象にした運動の機会の提供や学習支援、キャンプなどの自然体験活動、ソーシャルスキルトレーニングなどのプログラムを長く実施してきました。これらのプログラムを支援するためのチャリティーランも四半世紀以上実施し、成長した青年向けの就労支援も展開しています。多様性を尊重し、違いを認め、共に生きる社会の実現に向けた取り組みは今も時代に合わせて変化しながら展開しています。

最近では「障がい児プログラム」という表現を「支援を必要とする子どものためのプログラム」「特別なニーズのある子どもを対象としたプログラム」と表すこともあります。主人公か対象者かなどの視点や配慮、思いが、表現と言葉の使い方に現れ、時代の変化とともに試行しながら用いています。

2025年度から湘南とつかYMCAでは「特別なニーズのある子ども」の「きょうだい」を対象としたプログラムを始める予定です。日ごろから我慢をしがちな中にあるのでは、との思いから、リラックスした楽しい雰囲気の中で、同じ立場の仲間と出会い、思いっきり遊ぶ機会の提供と仲間との思いの共有、ピアサポートの機会を設ける取り組みです。YMCAでは初めての取り組みです。今まで長く関わってきた子どもたちの近くにいた子どもたち(きょうだい)へのまなざしを持った企画が生まれてきました。「横浜YMCA-私たちの使命」が具現化されようとしている瞬間なのだと思っています。

(総主事 佐竹博)


140 YEARS OF HISTORY Vol.11 1960年代後半、教養文化講座盛んに

1965年10月東京オリンピックが終わり、1960年代の後半に入っていく。カラーテレビ、カー、クーラーの3Cが新三種の神器といわれ、経済発展は日本の自動車生産量を世界三位に達したといわれました。1966年から1967年にかけて横浜YMCAでは少年・青年・体育の各有志指導者の養成に力を入れると同時にプログラム活動としては教養文化的な講座を盛んに行いました。青年教養大学講座、人生設計講座、母親大学講座などを開き、これらの講座プログラムは1968年の結婚講座、婦人文化講座、1969年の青年教養大学合唱講座、将棋講座、民法講座などを加え、続いていきました。

1968年には真鶴のリトリートハウスを整備して鉄筋コンクリート三階建てとし、本格的な研修施設となりました。1968年5月に起工して同年12月に完成し、献堂式を1969年1月15日に行いました。1969年には常盤町本館のホステル事業は将来性を判断して中止しました。

同年に、1968年から従来国際友好奉仕活動として行っていた国際関係の事業を「国際事業委員会」として故杉本恭之助氏が委員長となり、事業方針を立てて組織的効率的に国際奉仕活動を展開するようになりました。

1969年にはプログラム対象年齢の低下が始まり、3歳児と母親、小学生のためのサッカー教室を開始しました。

YMCA真鶴リトリートハウスが開館(1969年)


2025年1月19日日曜日

横浜YMCA冬休みキャンプリーダー感謝会のご報告

 2024年12月26日~29日の期間中に行われました富士山雪遊び、志賀スキーキャンプで子どもたちの生活やスキー、雪遊びの活動をサポートしてくれたリーダーへの感謝会が開かれました。
富士山・志賀キャンプのリーダー

「子どもたちの成長がとても感じられて自分も一緒に大きくなりました!」、「子どもたちと一緒に生活や活動でドキドキでしたが、みんなと生活していくうちに楽しくあっという間のキャンプでした」、「テーマを決めてリーダー同士の絆が深まり子どもたちへスキー、雪遊び、ご飯やお風呂。。。思い出がいっぱいのキャンプでした」。。。など活動してきた内容を振り返ることが出来ました。

どんなキャンプだったかな?

たくさん悩みながら子どもたちと一緒に過ごせました

子どもたちと同じように成長できました!

幼児キャンプでたくさんリーダーから助けてもらえました!

一緒に過ごした時間を改めて感謝のコメントを伝えて(これなかったリーダーのみんなもありがとう!)みんなで笑顔で解散をいたしました。
志賀ジュニア1A

志賀ジュニア1B

志賀ジュニア2

志賀アドバンス・ユース

富士山雪遊び

同じリーダーと子どもたちは集まれないかもしれませんが新たな出会いを大切にしてスタートしていきます。
冬のキャンプ本当にありがとうございました!
また、キャンプで逢いましょう♪

冬季キャンプスタッフ一同
(栗原・上田・柳田・原田・石濱・服部)

2025年1月14日火曜日

みどりクラブ 日本のお正月を楽しもう

 1月6日に、第24回みどりクラブの「日本のお正月を楽しもう」が十日市場地域ケアプラザにて行われました。参加者は、杵とうすを用いて餅を作ることは知っていましたが、餅つき機を用いて、もち米からもちを作る工程ははじめて見ることとなり、関心深く楽しむことができました。出来上がった餅できなこ餅と磯部餅を作ったほか、黒豆やなます、かまぼこ、栗きんとんなどの伝統的なおせち料理を食しました。


 
互いに顔を合わせて近況の報告をしたほか、手作りの福笑いにもチャレンジし笑顔があふれる新年のスタートとなりました。


ウクライナから日本に避難している参加者の皆さんは、定期的に開かれているみどりクラブでともに過ごせることに感謝の思いを表しました。
                                                                (ウクライナ支援担当 カテリーナ、リリア)

2025年1月8日水曜日

健康スタッフ新年集合研修で始まりました

 2025年1月6日に健康教育部に関わるスタッフが全員集合して研修を行いました。

事前に課題として6つのテーマの中から選んで個々で作成し、同様のテーマを選んだ者同士でグループで話し合いの場を設けました。同じYMCAですが周辺の地域や会員層が異なり色々な意見も出しながら一つのものを作り上げるコミュニケーションがとれる時間となりました。
ひとり一人考えた企画をプレゼンテーション

グループでまとめた内容を全員に発表


YMCAに参加される皆さんにプログラムを通して有意義な時間を過ごしてもらうようにスタッフ一同考えながら提供してまいります。
その他、台北研修、全国YMCA研修や能登半島支援での報告もあり、共有しました


今年もどうぞよろしくお願いいたします。
横浜YMCA健康教育部スタッフ一同

2025年1月4日土曜日

140 YEARS OF HISTORY Vol.10 人材養成・地域活動・救援事業

1952年に、会館の接収が全面的に解除となると、会館を拠点として活動がスタートしました。英語教育を中心とした教育活動は、専門性のある職業人の養成を目的とした実務科を開設しました。1956年には真鶴にキャンプ場を建設し、さまざなキャンプがはじまりました。あわせてYMCAの青少年指導者の養成も盛んに行われたほか、地域からの要請を受けてレクリエーション指導者の養成事業や夏期巡回子ども会など、地域に出ていく活動が積極的に展開されました。

1959年に、横浜YMCAは創立75周年を迎え、記念式典と実業青少年に対する奨学金制度、真鶴キャンプ拡張事業を記念事業として遂行したことが報告されました。またこの年に伊勢湾台風救援事業として85梱包(5トン)の物資と9万円を超える義援金(現在に換算すると約90万円)を送りました。1960年に入ると、横浜市も都市化が急速に進み、横浜YMCAの活動にも多くの子どもから高齢者、また多くファミリーが参加するようになりました。1963年にはアメリカで開発された「フィットネス」の概念を定着させようと、アメリカから考案者のスタインハウス教授を招いて講演会や研修会を開催しました。1965年には中高年のために心身を鍛えるという概念ではなく、生活習慣全般(食事・栄養・睡眠など)についてアドバイスを行うクラスを開講し健康づくりに取り組みました。


伊勢湾台風被災者支援活動 (1959年)