ラベル 横浜YMCA全体 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 横浜YMCA全体 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年6月15日月曜日

2026年度 横浜YMCA会員総会 報告

5月30日に、2026年度横浜YMCA会員総会が湘南とつかYMCAホールの会場とライブ配信にて行われました。

開会礼拝後に、総会準備委員会委員長後藤美紀氏より開会のあいさつがあった後、黄崇子議長、中村敦副議長により議案が進行されました。議事は、2025年度事業・会計報告、2026年度の活動方針計画と予算について、佐竹博横浜YMCA総主事から報告と説明がありました。また、常議員の選出と退任常議員への感謝と紹介がありました。



特別プログラムでは3人のユースが「第4回三都市YMCAユースキャンプ」の活動報告を行いました。今回は横浜YMCAがホストとなり開催された三都市YMCA会議に合わせ、「ユースのメンタルヘルス」をテーマに、現代の若者が抱える心の課題について学び、共に考える取り組みが紹介されました。集まった上海・光州・横浜の三都市YMCAのユースたちが社会課題に向き合い、主体的に取り組みを続けていくことが報告されました。


続く会員表彰では、優れたリーダーシップを発揮し、プログラムの発展に貢献し、自らの働きを通して広く社会にYMCAの願いを表した者として推薦された25人のユースリーダー(指導者)が、「奉仕賞」として表彰されました。受賞者を代表して、金沢八景YMCAの体操などを担当する鈴木周兵さんがこれまでの活動を振り返り、誰かのために行動することが結果的に自分たちの成長にもつながったとYMCA活動の魅力を語りました。また、活動を通じて一歩踏み出す勇気を学んだことや、仲間や子どもたちの笑顔から「奉仕とはお互いを支え合うこと」なのだと気づかされたこと、多様な価値観に触れて視野が大きく広がったことなどを話し、リーダー活動を通して多くの人に支えられたことへの感謝の言葉を語りました。


なお、議事は、会場とオンラインによる決議により議案がすべて承認されたことが、黄議長より報告されました。閉会礼拝が行われた後、工藤誠一理事長が会員総会に関わったすべての人に感謝の言葉を述べました。続いて佐竹博総主事より感謝のあいさつがあり、会員の皆さまとともに「YMCAの良さについて他者へ伝えられるよう努め、ともに豊かな社会を築いていきましょう」と述べました。

会場では、タイの子どもたちの支援につながるパヤオクラフト販売も行われました。


会員総会を通して、会員の皆さまとともに、2025年度の活動を振り返り、2026年度も使命実現のために、VISION2034第2期中期計画に沿って地域や社会に必要とされる横浜YMCAの歩みを進めていくことを確認しました。

会員総会にご参加いただいた皆さまに心から感謝いたします。

※YMCAでは18歳以上35歳未満をユースとしています。

                               本部事務局

2026年6月1日月曜日

140 years of HISTORY Vol.27 三都市YMCA会議

1940年代から中国と韓国には国交がなく、相互交流は困難な時代でした。そのような中、1988年10月に行われた横浜YMCA理事・常議員会において、横浜・上海・光州による「三都市YMCA会議」の開催が提案されました。1988年には、横浜・光州YMCA交流10周年を機に横浜YMCA代表団4人が光州を訪問した際に、光州YMCAから上海YMCAとの交流の希望が示され、当時の𠮷村恭二横浜YMCA総主事が上海YMCAへ提案を伝えたところ、上海YMCAからも三都市のYMCAが相互に交流・協力し合うことは意味あることと快諾しました。1989年3月の横浜博覧会の際に、光州・上海・横浜の3YMCA協議会を開催し、各都市の代表者が、交流によって関係を深めていくことを確認し、国という枠を超え、東アジアの3つのYMCAが相互に協力していくことを確認しました。この協議会を「三都市YMCA会議」とし、2年に1度継続して開催されることになりました。以後、3YMCAが協力して、少年サッカー交流や青年たちのタイ・パヤオセンターでのワークキャンプ、上海の植林キャンプなどの相互協力のもと活発な活動へとつながっています。2025年は横浜にて三都市YMCA会議が開催されました。

第1回三都市YMCA会議開催(1989年 横浜にて)




水から命を守る

学校での水泳授業がなくなるかもしれません。施設の老朽化による財政負担増、猛暑で屋外授業ができない、先生の負担軽減なども理由に挙げられています。学校の水泳授業は「民間のプール施設との連携」のほか「VR(仮想現実)の活用」などに代替策を求めていくそうです。YMCAでも学校から水泳授業を受託し始めています。YMCAが行う授業では泳げるだけではなく、水泳の楽しさや、できたという達成感、仲間の存在を感じながら水泳に親しむようなプログラムを提供したいと考えています。

さて、VRによる水泳授業とは「落水の瞬間を主観視点で疑似体験」「離岸流からの脱出シミュレーション」などを経験する、「水中ドローンや360度映像による水中を可視化した映像を見る」などだそうです。没入型学習といわれるVR学習のメリットは安全性の確保、場所を選ばない、とされています。言い換えれば、「安全のために」水辺に近寄らない、水辺でなくても安全教育が完結してしまう、ということになってしまいます。

学校の水泳授業は「25m泳げるようになる」ことよりも、「水から命を守る(水辺の安全教育)」へ変わっていくとされています。これはYMCAのアクアティックプログラム110年来の目的に合致していると言えます。YMCAでは自らの命を守るだけでなく、他者の命も大切に考えることを伝えます。これは救助法ではなく、水上安全の知識を他者に伝えることも大事な役割と考えているからです。YMCAで学んだ子どもたちが、家族や友だちに伝え、それがまた拡がっていくことで、水上安全の考えは無限に広がっていくことを願っています。

6月は全国のYMCAで水の安全キャンペーンが展開されます。大切な命が水の事故から守られますように。

                                 
                             (総主事 佐竹  博)

2026年5月12日火曜日

ウクライナ支援活動:第40回みどりクラブ

 

5月4日、第40回みどりクラブが開催されました。

今回は、携帯契約相談会とベビーカステラ作りを行いました。

携帯契約相談会では、オンラインで携帯会社の担当者とつながり、直接質問をしました。

料金プランの違い、通信サービスの内容、日本でSIMカードを購入できる場所など、生活に役立つ情報が紹介されました。

参加者の皆さんは積極的に質問や意見交換を行い、終始にぎやかで有意義な時間となりました。

特に、利用可能な料金プラン、データ通信量、SIMカード申込みについて多くの関心が寄せられました。オンライン形式だったことで、それぞれが気になっていることを気軽に質問することができました。


また、子どもたちは日本人スタッフと一緒にベビーカステラ作りを楽しみました。さらに、参加者の一人が手作りのクレープを持参してくださり、参加者全員でお菓子や甘いものを囲みながら、温かな時間を過ごしました。

最後には、お茶やコーヒーを飲みながら、参加者同士でゆっくり会話を楽しみ、和やかな雰囲気の中で交流会を締めくくりました。


(ウクライナユーススタッフ)


2026年5月1日金曜日

140 years of HISTORY Vol.26 日中青年友好

日本と中国のYMCAは1980年以降、会員やスタッフの相互訪問や研修を行いました。横浜YMCAでは1984年から開始した「中国ともだちの旅」などを通じて相互理解を深めてきました。このような交流をさらに進めるため、1987年より日本と中国のYMCAによる話し合いが行われ、市民レベルでの平和の拠点として、日中青年友好ホールを南京YMCA会館内に建設することが計画れ、日本全国のYMCAで募金活動が展開されました。

横浜YMCAでは、日中青年友好ホール募金委員会を中心に、県内の各YMCAにおいて支援が呼びかけられ、ワイズメンズクラブや保護者会、リーダー会などで募金の協力を働きかけました。1987年に中国YMCAの代表団が日本各地の訪問や横浜YMCAを来訪し、募金運動にも関わり目標としていた募金額を達成しました。

日中青年友好ホールは1988年11月に完成し、南京YMCAにて落成式が行われました。この取り組みはYMCA運動を通して、日本と中国の間にある歴史的な課題を越え、平和の実現を目指す実践として位置づけられています。

中国ともだちの旅
(100周年記念事業・上海にて1984年3月)





YMCAへの一本道

関内の街並みが大きく変わりました。市庁舎と議会棟は滞在型のホテルとオフィスビルに、低層階は飲食を含む商業施設へと生まれ変わりました。人の流れが変わり、横浜スタジアムと一体になって街の開発が進んでいます。

駅からYMCAへ向かうルートも増えました。新たにできた1本の通りの床タイルには横浜の歴史が白い文字で彫られています。一番手前の「1856太田屋新田完成」から「1859横浜開港」「1870日本大通り完成」「1874港町魚市場開設」(横浜市庁舎のこと)「1876彼我公園(横浜公園)開設」と続きます。YMCA設立前の歴史はここまで。ちなみにYMCAが現在の地(常盤町)に移転したのは1916年、ジャックの塔(横浜開港記念会館)開設より前のことで、今年は常盤町に会館を構えて110年を数えます。

敷地が持つ歴史や物語を伝え、記憶と歴史を体感する目的で「継承の道」と名付けられたこの通りは朝、静かな一本道で終点の開口部が明るくトンネルのようです。年数の経過を表現しているように配置されたタイルの上を、歴史のトンネルを歩いているように感じます。終点の光の下にたどり着いて最後のタイル「2026BASE GATE横浜関内開業」の先にYMCAがあるのがとても気持ち良いのです。

さて、年表に、白い着色なくただ彫られただけの文字で「1923関東大震災」と「1945横浜大空襲」があります。開発や発展の歴史だけでなく、苦難や悲しみを伴う横浜の歴史も同様に継承するものとして白い文字で扱ってほしかったです。私たちはYMCAの歴史で「歴史とは現在と過去の対話である」と学んでいるからです。

今年の会員総会は5月30日、前日の横浜大空襲の日も忘れず平和を願うYMCAの総会としたく思います。

                              (総主事 佐竹  博)

2026年4月9日木曜日

ウクライナ支援活動:第39回みどりクラブ

 

4月6日第39回みどりクラブの活動が開催されました。

春の訪れに合わせて、体を動かし、エネルギーをチャージしながら、楽しく交流するアクティブなイベントとなりました。

今回は、パラリンピック正式種目の競技「ボッチャを行いました。

ボッチャは、年齢や経験に関係なく誰でも楽しめるスポーツです。



参加者同士が積極的にコミュニケーションを取りながら、お互いを応援し合い、和やかな雰囲気の中で楽しくプレーしていました。

今回は、参加者を4つのチームに分けて活動を行いました。参加者全員が実際にボッチャを体験することができました。どのチームも協力しながらゲームに取り組み、自然と会話や笑顔が増えていきました。



特に子どもたちはこのゲームがお気に入りで、活動中も元気に楽しんでいる様子でした

チーム戦が終了した後も、子どもたちは引き続き集まって一緒に遊び続けており、ボッチャの楽しさに夢中になっている様子が印象的でした。

また、軽い運動も取り入れ、無理なく体を動かせる体操も行いました。

ストレッチや簡単なエクササイズを通して、リラックスしながら楽しく体を動かすことができました。心も体もリフレッシュすることができました。

今回のイベントは、参加者同士の交流を深めるとともに、健康的で前向きな時間を過ごす良い機会となりました。




(ウクライナユーススタッフ)


入学おめでとう応援隊に参加しました!

 今年も44日と5日に横浜朝鮮初級学校、川崎朝鮮初級学校、南部朝鮮初級学校の入学式が行われました。新入生に「チュッカハムニダ!(おめでとうございます!)」と大きな拍手と笑顔でお祝いしました。

 

「入学おめでとう応援隊」は子どもたちの笑顔を守りたいと、神奈川県内の複数のNPO/NGOの関係者や教員などが中心となり、2003年の春から始まった運動です。

毎年、横浜YMCAからも応援隊の活動に参加しています。

今回は、横浜朝鮮初級学校に20名、川崎朝鮮初級学校に8名、南部朝鮮初級学校に17名のボランティア(横浜YMCA関係者を含む)が参加しました。



新入学・新入園の子どもたちは、少し緊張した様子を見せながらも、笑顔で登校しており、ご家族の皆さまも一緒に晴れの日を見守っていらっしゃいました。

また、在校生による素敵な歌声での歓迎もあり、会場は温かな空気に包まれていました。


朝鮮学校に通う子どもたちへの嫌がらせや心無い言動がある中で、子どもたちが安心して笑顔で学校生活を送ることができるよう、私たちは今後も応援隊としての活動を継続していきます。

(国際・地域事業)


横浜YMCA/横浜YWCA合同イースター早天礼拝

 4月5日に、「横浜YMCA・横浜YWCA合同イースター早天礼拝」が横浜中央YMCAチャペルにて行われ、23人がイエス・キリストの復活を共に祝いました。

 礼拝では、伊勢田奈緒牧師(東洋英和女学院大学生涯講師・日本キリスト教団牧師)から「私たちには希望がある!」と題し、ルカによる福音書24章13節から35節を用いて復活したイエスは、絶望の中にある私たちのすぐ傍にいらっしゃることに、心を開いて出会うことができると話し「すべての人が私たちには希望があると、生き生きと、平和のもとに共存できる社会を創っていきましょう」とメッセージがありました。この日寄せられた献金は、横浜YMCA国際・地域協力募金に用いられます。


 礼拝後には、横浜YWCAならびに横浜YMCAの近況報告と有志が横浜外国人墓地に眠るYWCA・YMCAにゆかりのある方の墓参を行いました。


                        (横浜中央YMCA 長田)


2026年4月1日水曜日

140 years of HISTORY Vol.25 VISION’90の策定

横浜YMCAでは、1987年11月、21世紀に向けた横浜YMCAの使命と組織的課題を整理するため「21世紀を迎えるYMCA研究委員会(翌年、VISION’90委員会に改称)」が発足しました。

委員会では各界の講師を招いた勉強会を重ねたほか、2つの委員会を組織し、多角的な検討を行いました。ひとつは、ユース・エンカウンター・アクション(YEA)委員会で、次代を担う青年たちが、先達や学識者へのインタビューを通じてYMCAスピリットを学び、自らの生き方を模索しました。次に、キリスト教の今日的使命についての研究委員会が設置され、YMCAに関わる牧師らにより、人間の問題を考えるYMCAとして、プログラムを通じて何を伝えるべきかが議論されました。これらの委員会での検討や活動を統合し、1990年5月に「横浜YMCA VISION’90」を策定しました。ビジョンでは、来たるべき「地球時代・多元社会・生涯学習社会」を見据え、異文化理解や地球市民意識を育む共同体の形成と、全人的な成長を願う生涯学習の場の提供を目指すものと定義しました。

YEAキックオフに集まり学びを深めた
ユースの皆さん
(1989年6月 於 横浜中央YMCA)




相知無遠近、萬里尚爲鄰

上海YMCAと光州YMCA、横浜YMCAは、1989年以来2年に一度持ち回りで三都市YMCA会議を開催しています。国どうしの関係性に縛られない、都市間交流を重視していて、それぞれの独自性を尊重しつつ、同じYMCAとしてお互いを理解し合い、共に歩んでいる会議です。昨夏は横浜で、その2年前の上海で開催された時に作成された記念の掛け軸を3つのYMCAが同じものを持っています。横浜YMCAの掛け軸は総主事室にあり、そこには、「相知無遠近、萬里尚爲鄰」と書かれています。中国唐代の詩人、張九齡による「送韋城李少府」の中の一節だそうです。「友に遠くも近くもない。万里を離れていても、隣人のようなものだ」ということのようです。イエス様が最も重要な掟として示された「隣人を自分のように愛しなさい」を合わせて考えると、本当に大切なメッセージと思っています。この10文字のメッセージは、大阪で昨年開催された関西万博の中国パビリオンの外壁に刻まれていたくらい有名なものであるということを閉幕してから知りました。

サザンオールスターズの「ピースとハイライト」という曲に「希望の苗を植えていこうよ 地上に愛を育てようよ」と繰り返されるフレーズがあります。曲は、世の中に悲観せず「色んな事情があるけどさ 知ろうよ互いのイイところ!」「愛することを躊躇わないで」と聞く私たちに呼びかけて終わります。

互いを知ろうとすることをまじめに行い、遠く離れた友を大切に想い、平和のために働き、平和を作り出す人を育んでいきましょう。

「善を行い、平和を願って、これを追い求めよ(ペトロの手紙Ⅰ 3:11)」この聖句を1年間皆様と一緒に大切にしていきたいと思います。

                             (総主事 佐竹  博)


2026年3月12日木曜日

南北コリアとかながわのともだち展を開催しました

2月16日から26日に、横浜中央YMCAを会場に「南北コリアとかながわのともだち展」(主催 南北コリアとかながわのともだち展実行委員会)を開催しました。
「南北コリアと日本のともだち展」は、東アジアの子どもたちの心をつなぐ絵画展として2001年に始まり、日本だけでなく、ソウル、ピョンヤン、さらに中国の延吉でも開催されてきました。今回、神奈川での開催は久しぶりとなりましたが、これまで南北コリア、中国、日本の各地から寄せられた絵画60点を展示しました。日本の絵画の中には、朝鮮学校の子どもたちが描いた絵や横浜YMCAの学童クラブの子どもたちが描いた絵もありました。まだ会ったことのない友だちにむけて描いた絵は、「私の好きなもの」「たいせつなおもいで」などのテーマに沿ったものが多く、どんな子が描いたのかな…と想像を膨らませながら見ることができました。
絵を見た方々からの感想をご紹介します。
・いつかきっとであえるよね。かたをくみ、手をつないでたくさんおはなししよう。
・素晴らしいです!みんな芸術家です。
・とてもすてきな絵で心が癒されました。これからもみんなで平和を考えましょう。
・すべての国の子どもたちの幸せな瞬間が未来でも変わらずあり続けますように。
・未来で出会えるという考えを持てる世界がステキだなと感じました。 
・小さいころからいろいろな国の人と交流して仲良くしていってほしいです。
・それぞれの国子どもたちの個性あふれる絵画、どれもステキです。

絵画展に合わせて、21日の午前中に子ども向けのワークショップと講演会を開催しました。ワークショップは在日本朝鮮女性同盟神奈川支部の皆さん、YMCAのユーススタッフ・ボランティアのもと実施しました。ワークショップに参加した子どもたちは、ハングルで自分の名前を書いて、折り紙でチマチョゴリを折りました。絵画展の絵を見て、お気に入りの絵を描いた友だちにむけてメッセージを書きました。また、ワークショップに参加した皆さんは薬菓(ヤックァ)とコーン茶・コーンのひげ茶を楽しみ、朝鮮半島の文化に触れる機会を持ちました。初めて薬菓を食べた子どもたちは、「ドーナツみたいでおいしい」と喜んでいました。 

午後にはグローバルセミナーとして、南北コリアと日本のともだち展代表である山本俊正さん(日本YMCA同盟会長)を講師に、「東北アジアの平和と『ともだち展』の歩みー日朝交流の可能性」と題し、講演会を開催しました。講師の山本さんからは、青年時代にアジアの平和を考えるようになった原体験、朝鮮半島と日本の戦争責任についてキリスト教の視点からどのような試みがなされてきたかが語られました。2001年に初めて「ともだち展」が開催されるに至った背景や活動の広がりについても触れ、今、難しい状況にある東アジア情勢の中で、ともだち展の取り組みや青年交流を通して平和をつくることの重要性と意義についてお話しくださいました。


ワークショップや講演会参加者からの感想の一部をご紹介します。
・日本の子どもたちが自分の名前を朝鮮語で書くワークショップでは、楽しみながら異文化に触れる姿がとても印象的でした。小さな体験ですが、確かな交流の一歩であり、未来へつながる平和の種を感じる時間となりました。
・「さまざまな平和に関する運動があるが、その中に人と人との交流があることが重要である」という言葉にとても共感しました。若い人たちの交流を長年続けることが、実は近道ではないかということにも納得しました。これからもそのような活動に力を入れていきたいです。
・社会の主な舵取りをしてるのは大人で、子どものうちは違う文化、違う民族の関わりにも抵抗がないのに、大人になると、いがみ合い、理解を得られず、争いが起こるのは何故だろう、悲しいことだなぁと思いながら、子どもたちと楽しくハングルを学ばせてもらいました。多文化共生の明るい社会を作るために一緒に頑張りましょう。
・直接会うことが難しい誰かのことを知るために絵画展を行う、という取り組みに感銘を受けました。絵画は時間を越え、場所を越え、描き手の存在をひしひしと伝えられるものだと思います。政治的な変化があろうとも、各国で生きている人びとの存在は変わらず、子どもたちがいるということを伝えるため、これからも絵画展が続くことを願っています。 

今回の「南北コリアのかながわのともだち展」の開催を通して、東アジアの平和を考えるきっかけとなりました。絵を見に来てくださった方、ワークショップや講演会の参加者の皆さまの中にも平和の種が蒔かれたことと思います。私たち一人ひとりが平和を求める強い意志を持ち、日々の行動に責任を持つことができるよう願っています。 
                                (国際・地域事業)

The Voice of Ukraine -侵攻から4年、今日も前を向いて生きる

2月28日、ウクライナのYMCAとオンラインでつなぎ、現地の声を聴くオンラインミーティングを実施しました。ウクライナへの寄附を続けてくださっている方や、現在のウクライナの状況に関心を持ってくださっている方、日本で暮らすウクライナ避難者など40人が参加しました。約1時間半にわたって交流と情報共有の時間を持つことができました。

ウクライナYMCA、オデーサYMCA、そして横浜YMCAの活動についてお伝えするとともに、現在もウクライナ国内で暮らしている人びと、そして避難により海外で生活する人びとそれぞれが、戦争という困難な状況の中で直面している課題や体験談について共有されました。こうした声は、いま起きている出来事が一般の人びとの生活にどのような影響を与えているのかを理解するうえで、とても重要なものです。

今回のオンラインミーティングには、ウクライナYMCA同盟のヴィクトリア・トロフィモワ総主事、オデーサYMCAのヴィタリー会長と理事であるマリアさんが参加してくださいました。ヴィクトリア総主事からは、今年の冬は特に厳しく、寒さに加えて多くの攻撃により停電が発生し、暖房も使えない状況が多くあったこと、そのような中でもYMCAは、メンタルヘルスサポートや仕事を失った人への就労支援を行ったり、子どもたちへはいまも継続してキャンプを提供していることが報告されました。「どのような状況でも、子どもたちには喜びが必要でありそのためにキャンプを続けています。現在のキャンプでは空襲警報が鳴るたびに、避難所へ避難しなくてはなりません。それでもキャンプの数は毎年増えており、参加希望も高まっています」と伝えられました。

オデーサYMCAは2024年7月に加盟したばかりの新しいYMCAで、ヴィタリー会長を含め、最年少は14歳、最年長は27歳という若いボランティアが運営しています。いまは、家族を失った動物(主に猫)の支援やITクラブ、アートセラピー・セッションやワークショップなどにも取り組み、多くの若者にYMCAを知ってもらえるよう活動をしています。

マリアさんは戦争下での現実について率直に語り、戦争によってもたらされた変化や、組織が直面している困難についても共有してくださいました。外からは見えにくいものの、ウクライナで暮らしながら日々戦争を実際に経験している人びとにとって日常として捉えるしかない多くの側面についても語りました。さらに、現在必要とされている支援や、今すぐにできる支援の方法について、また今後の横浜YMCAとのプログラム協働についても共有がありました。

横浜YMCAからはリリアさんとカテリーナさんが、日本で行っている活動について紹介しました。日本に避難しているウクライナの人びとへの支援や、日本の人びととの交流活動について、また、YMCAのイベントの短い動画も共有し、皆さまからの寄附がどのように活用されているのかを具体的にお伝えしました。

3年間毎月行ってきたみどりクラブなどのイベントで生まれる温かく家庭的な雰囲気は、海外で暮らすウクライナの人びとの社会的なつながりを深め、新しい環境への適応を助けています。こうした活動は、人びとの心身の健康にも大きく良い影響を与えています。私たちは、このような取り組みの意義を支援者の皆さまと共有したいと考えました。

さらに、戦争により避難を余儀なくされたウクライナ人のナタリア・ムリャフカさんも参加してくださいました。彼女は幼い娘を連れ、遠い日本へ避難することを決めたときから現在までの自身の経験を語りました。避難した直後にYMCAが最初に支援の手を差し伸べてくれたこと、そして現在もその支援が続いていることについても話してくださいました。

最後に参加者が感想を共有する時間には、とても印象的で心に残る瞬間がありました。ナタリアさんが、自分の部屋に飾られた子どもたちの描いた絵をみせてくれました。そこには、初めてYMCAと出会ったときにプレゼントされた色鉛筆とペンで描かれたものがあるそうです。避難直後、不安と緊張の中にあった子どもたちにとって、その小さな贈り物がどれほど大きな心の支えとなり、ストレスを和らげてくれたかを語ってくださいました。これは、どんなに小さな支援であっても、人の人生に大きな影響を与えることがあるということを改めて感じさせてくれる、とても感動的な瞬間でした。

多くのウクライナ人が心理的支援を必要としています。

それでもユーモアや歌、互いの支え合い、心からの対話、そして創造的な表現によって、みな生き抜いています。私たちは今日も前を向いています。

日本の皆さまの温かい支援に心から感謝します。一つ一つのご寄附、励ましの言葉、そして戦争開始から4年が経った今もなお続いている関心と支援に、深い敬意と感謝の気持ちを表します。

(国際・地域事業 ウクライナユース)

2026年3月2日月曜日

140 years of HISTORY Vol.24 戸塚センターから湘南とつかYMCAへの歩み

横浜YMCA最初の地域センターとして、1972年に戸塚区のスーパーマーケット(戸塚駅西口)の一角に戸塚センターが開設されました。人口が増え続けていた当時の戸塚区では、開設して間もなく200人ほどの子どもの登録がありました。1978年には戸塚区役所前のビルへ移転し、体育遊びや小学生英語、中学生の学習指導などのプログラムを実施しました。さらに1987年には、中・高校生の進学指導へのニーズの高まりを受け、より広い施設が必要であること、戸塚駅東口は開発が進み人口増加が始まっていること、複数路線の利用ができ便利であることなどから、戸塚駅東口のビル2階へ移転し、名称を「YMCA戸塚ステーション」と改めました。多目的ホールや研修室を備え、衛星放送の受信、パソコンコーナーの設置によるCAI(個人個別学習)ソフトの導入など注目を集める施設となりました。新たに始めた成人の英会話や従来のサッカー、野外活動クラブ、アフタースクール、小学生英語クラブなどが展開されました。その後、横浜YMCA創立110周年を迎えた1994年に、現在の湘南とつかYMCAに移転し、地域に根差した活動を展開しています。

建設中の湘南とつかYMCA(同紙1994年1月号掲載)



15年

23歳で横浜YMCAに入職した私は15年後(2005年)には、日本YMCA同盟に出向していました。同盟へ行くまでの15年間、プールを中心とした健康教育事業から、複数部門を経験した後、山手台センターの館長などYMCAの複数事業を経験し、職員としての働きの広がりを体感していました。そして15年かけて経験したたくさんの働き以上に同盟でしか経験できない多くの仕事に出会い学びました。その年の私は前年に発生した中越地震への全国YMCAによる復興支援活動の担当をしていました。あれから20年以上経ち、あとに発生した災害などにより中越地震は人びとの記憶からは薄れてきています。私自身当時のボランティアセンター長とはショートメールなどのやり取りがあるものの、小千谷をしばらく訪問できていません。

その2005年から15年後の2020年に私は横浜YMCA総主事を拝命し、現在に至っています。同盟から帰任後、本部事務局、大阪YMCAへの出向などを経験しました。「あっという間」とは言い難いほど多くの経験をした長く代えがたい期間だったと思います。総主事になってすぐ、コロナ禍となり2020年から2021年の間に神奈川県では3回の緊急事態宣言が出されるなど、その後に影響するほど人びとの生活様式や社会の在り方が大きく変わりました。

私自身の横浜YMCAでの15年ごとの節目を振り返ってみました。多くの出会いと学びにより生かされ成長できていることに感謝しています。一般的に言っても15年という歳月は長く、たくさんの経験を積み、人間的に成長していきます。同時に記憶の上書きがされ、忘れていくこと、忘れられていくことがあるのも事実です。

東日本大震災から15年の3月を迎えています。

                             (総主事 佐竹  博)


2026年2月1日日曜日

140 years of HISTORY Vol.23 国際平和年とYMCAの働き

横浜YMCA は、国際連合総会が1986年を「国際平和年」と定めたことを受け、国際平和年の働きに積極的に取り組みました。「国際平和年かながわ推進協議会」の委員長には、当時の横浜YMCA総主事であった𠮷村恭二氏が就任し、神奈川県内のさまざまなNGOや行政と連携しながら、国際平和年の推進に尽力しました。

横浜YMCA では、国際平和年の特徴的な取り組みとして「新青い目の人形運動」を行いました。昭和初期に日本のYMCA と深い関わりをもっていた宣教師シドニー・ギューリック氏が、日米間の平和を願い、その象徴として米国の子どもたちから日本の子どもたちへ「青い目の人形」を贈ったことに始まります。この平和への願いが、当時の横浜YMCA 職員であった大藤啓矩氏の働きかけにより、ギューリック氏の孫であるギューリックⅢ世とその妻に引き継がれ、「新青い目の人形運動」として展開されました。ギューリック夫妻は、要望のあった横浜市や熊本県内の小学校に青い目の人形を贈呈し、現地を訪れ子どもたちと交流し、平和の大切さや尊さについて考える機会をともに過ごしました。また、青い目の人形は横浜YMCA にも贈られ、「ジョナサン君」と名づけられました。

新青い目の人形「ジョナサン君」(1987年)


水とタオル

プロ野球2025年シーズンで最も心に残った出来事は、スーパープレーや劇的な展開、新しい指導者像と采配などではなく、ある試合の中継で岡田彰布さんが発したコメントでした。

試合終盤のある回、投手が打たれ交代、続いて登板したリリーフがピンチを招き、ベンチがタイムをかけ、投手コーチがマウンドに行った際のことでした。小走りでマウンドに行った投手コーチはタオルとペットボトルを投手に渡して声をかけました。投手は汗をフキフキ、水分を口に含みコーチの声かけにうなずき、マウンドに集まった内野手たちの励ましに応えていました。

岡田さんはその光景に「今出てきたばかりで何球も投げていない投手に水が必要か?それより、長いこと守らされている野手たちにこそ必要なのではないか」という内容の発言をしました。「タオルと水」は、最近見るようになったように思いますが、全球団しているかどうかわかりませんし、その効果や必要性も「見るだけファン」の私は詳しくありません。投手以外の選手がどう思っているかなども身近に野球のなかった私にはわからないところではあります。一人腕を振って球を投げ続ける投手に対して一息つかせ、間をとる道具として配慮あるサービスなのだろうくらいに思っていました。しかし、水を飲みたいかどうかは別にして、もっと長い間、タオルと水分に接していない他の選手のことは、このシーンをこれまでに何度か見てきましたが、考えもしませんでした。

日々、あらゆる場面での出来事に気づきや学びがあります。当たり前と思い込むのではなく、理由や意図・意義を考え、本当にそうか・必要か、自分たちが誰かを弱い立場にしていないか、などを考えたいと思ったのでした。

                              (総主事 佐竹  博)

2026年1月13日火曜日

ウクライナ支援活動:第36回みどりクラブ

ウクライナでは、冬の祝祭シーズンはとても重要で、お祝いの雰囲気は1月末まで続きます。そうした背景から、私たちはみどりクラブで、クリスマスと新年のお祝いを引き続き行うことにしました。すでに家族のように感じられる私たちのコミュニティと、いつもみどりクラブを支えてくれる日本の人たちと共に過ごす時間となりました。

ウクライナ人参加者は、それぞれ自宅で料理を作り、祝祭の食卓を用意しました。ヴィネグレット、オリヴィエサラダ、きのこ料理、ソーセージのカナッペ、ヴァレーニキ、野菜や果物の盛り合わせ、ジンジャーブレッドなど、祝日に親しまれている多くの料理が並びました。雰囲気づくりのために音楽を流し、新年の飾り付けも行いました。

 


いつも横浜YMCAにウクライナ支援募金を寄せてくださる「自家焙煎珈琲店 陽のあたる道」は出前カフェとお菓子を持参してくださり、参加者全員に振る舞ってくださいました。私たちは一つのテーブルを囲み、祝日をどのように過ごしたかについて語り合いながら、和やかな時間を過ごしました。


食事の途中では、昨年を振り返る時間を持ち、プロジェクターでこれまでのみどりクラブの各回や、2025年に行った共同旅行の写真を鑑賞しました。それらの思い出を振り返り、この一年で学んだことや自分たちの変化を考える時間は、とても感動的なものでした。こうして一区切りをつけ、新しい年を新たな力と希望とともに迎えることができました。


今回のみどりクラブでは、子どもの参加者は一人だけでしたが、スタッフと一緒にさまざまな遊びを楽しみ、YMCAのロゴを描いた手作りの作品を持ってきて、私たちに見せてくれました。

私たちは、この一年を共に過ごせたこと、そして移住生活を送る私たちにとって大きな支えとなっている絆が、さらに強くなったことを実感しました。このような貴重な場を提供してくださった横浜YMCAに心から感謝しています。その思いは、参加したウクライナ人の皆さんからも直接伝えられました。

最後に、私たちは体のケアも忘れず、体操を行いました。みどりクラブの初期の体操と比べると、現在の運動はより長く、難しくなっていることに、全員が気づきました。これは、私たちが歩んできた道のりと、これまでの成長を改めて実感させてくれました。2026年もこの流れを続け、努力を重ね、その先に何が待っているのかを見ていきたいと思います。



 ウクライナユーススタッフ

2026年1月6日火曜日

140 years of HISTORY Vol.22 金沢八景ステーション開設

横浜YMCAでは中期計画の一つに活動拠点の拡大を掲げ、当時、横浜市のニュータウンとしての街づくりが進んでいた金沢区に、1986年6月、横浜YMCA13番目の拠点としてYMCA金沢八景ステーションを開設しました。中・高生の進学教育プログラムや小学生のサッカー、キャンプ、英会話教室、さらに夏には富岡プールを会場とした水泳教室などを実施し、親子の触れ合いを通じて家族関係を豊かにすることを目指してプログラムを展開しました。この新拠点では運営面においても従来の拠点とは異なり、女性スタッフを中心とした体制を採用し、新しいタイプのYMCAづくりを目指しました。地域に根差したYMCAの形成に向けた試みがなされました。この施設は活動開始から23年を経て再開発計画が進められ、2010年3月に近隣の土地へ移転し、金沢八景YMCAとして新しく生まれ変わりました。また同月、YMCAの認可保育園としては12番目となる金沢八景YMCA保育園が金沢八景YMCAに併設する形で開園しました。

現在は、地域における子育て支援や生涯学習の拠点として、保育・学童保育・語学教育・生涯学習などの事業を通じ、幼児から成人に至るまで多様なプログラムを展開しています。

YMCA金沢八景ステーション(1986年)


プログラム

日本YMCA同盟出版の『YMCAプログラム開発ガイドライン』には、YMCAで行う活動について「現状の社会からより良い社会への過程にYMCAプログラムが関与するものである」と説明がされています。YMCAスタッフのある大先輩からは「YMCAではイベントではなくプログラムを行いますよね」と教えていただきました。

「イベント」と「プログラム」はプログラミング関連では「出来事や動作」と「イベントを受け取って処理するための仕組み」、催事では「催し物、発表会など行事そのもの」と「行事を成功させるための具体的な進行内容・時間割・タイムテーブルなど」と区別されるそうです。YMCAの行事は参加者を集めてどこかへ行く、何かをするという行事が目的ではなく、それを通して何を伝えたいか、気づいてほしいかの目的があり、目的を達成するための手段として企画するものであると理解しています。

『YMCAプログラム開発ガイドライン』には、YMCAプログラムの原理に7つの原則が挙げられています。①人を育んでいるか ②組織を育んでいるか ③地域を育んでいるか ④文化を創り出しているか ⑤新しさや主張を持っているか ⑥継続性があって、運動展開・拡張を行っているか ⑦ベネフィットがあるか・楽しいか。これらを実施の自己規定とし、事後評価の視点ともしています。

横浜YMCAでは多くの活動を行っています。 すべての活動が「横浜YMCA―私たちの使命」を実現することを目指し、「VISION2034」という中期ビジョンを活動の中に具現化しようとしています。

プログラムを通して、会員の皆様とともにより良い社会と未来を目指し、平和を育んでいく1年としたいと思います。今年もよろしくお願いいたします。

                             (総主事 佐竹  博)