2021年8月10日火曜日

沈黙はやがて

 「六十五年間、心の奥にしまい込んできた、つらい記憶を手繰り寄せて、執筆者のおひとりおひとりが、若い世代に今、語り伝えようとしておられます。」戦中から戦後の転換期を過ごされた方々の体験記(※)書き出しの一部である。帯には「語り始めるのに、何十年もの沈黙が必要だった。」ともある。戦争の悲惨さ、家族の苦しみや悲しみ、生活の苦労や、痛ましい戦禍など多くを、学び伝えていかねばならない。しかし戦後75年が経ち、直接体験を語られる方が少なくなっていく。歴史上の事実が政治的影響力を持ってあいまいに、別の解釈と取れる表現に変容され、真実が隠され新たな歴史に上書きされていくのではないかと危惧する。

この本では、特に終戦を境に価値観が変わったことを見たまま、感じたまま表現されている。戦果を聞いていたので、ある日突然の敗戦を受け入れられなかった少女、創氏改名が強制された同級生の名前を呼んでいた少年がかの地で迎えた「光復」の日の前後。国を守るために軍に志願せよと絶叫した教師が、ある日を境に目的をもって生きることの素晴らしさを説くことに違和感を感じ問いただす生徒。少年少女が過ごした転換期の葛藤や、その後の苦悩など、心を表現する言葉が胸に響く。

YMCA関係者の中にもこの転換期を過ごされた方々がおられる。クリスチャンとして、YMCA会員として未来に伝える言葉を記録しておきたいと思い、今月から本誌にて連載を始めた。寄稿も募集し、インタビューなども加え、形にして残したいと企画している。平和を思い、希求する8月。この月だけのことに終わらせず、未来へつなぐ平和に携わっていく。

※『いま、平和への願い』(いのちのことば社)

(横浜YMCA総主事 佐竹博)