2024年7月2日火曜日

140 YEARS OF HISTORY Vol.4 社会的な活動のはじまり(1887年)

1887年海岸教会の稲垣牧師が第二代の会長になると青年会の活動もキリスト教の伝道集会と自分たちの研究的集会から社会的な活動に広がりました。その前提には海岸教会を中心とした集会が次第に演説会や自分たちの集会の場所を住吉町教会(現在の指路教会)やメソジスト派の天安堂というように他教会が使われるようになったことでした。これは他教会の青年たちが次第に参加したことを示しています。

1888年5月28日には、若葉町天安会堂で横浜青年会臨時総会が開かれ、YMCA活動の拡張にの協議が行われ、会館を住吉学校内に設けることや毎木曜日に講師を招いて講演を開催すること、会員を募集することなどが議決されました。1889年から1890年にかけて青年会は社会的活動として廃娼運動に力を注ぐようになりました。横浜YMCAの会員は、1890年11月の県議会で廃娼が決議に至るまで中心的な運動の推進者として神奈川県史にも記録され、この社会浄化運動にかけた横浜YMCAの情熱は大きな足跡となりました。(参考「横浜YMCA百年史」)

県に提出された廃娼建白書(1890年)