2026年3月2日月曜日

140 years of HISTORY Vol.24 戸塚センターから湘南とつかYMCAへの歩み

横浜YMCA最初の地域センターとして、1972年に戸塚区のスーパーマーケット(戸塚駅西口)の一角に戸塚センターが開設されました。人口が増え続けていた当時の戸塚区では、開設して間もなく200人ほどの子どもの登録がありました。1978年には戸塚区役所前のビルへ移転し、体育遊びや小学生英語、中学生の学習指導などのプログラムを実施しました。さらに1987年には、中・高校生の進学指導へのニーズの高まりを受け、より広い施設が必要であること、戸塚駅東口は開発が進み人口増加が始まっていること、複数路線の利用ができ便利であることなどから、戸塚駅東口のビル2階へ移転し、名称を「YMCA戸塚ステーション」と改めました。多目的ホールや研修室を備え、衛星放送の受信、パソコンコーナーの設置によるCAI(個人個別学習)ソフトの導入など注目を集める施設となりました。新たに始めた成人の英会話や従来のサッカー、野外活動クラブ、アフタースクール、小学生英語クラブなどが展開されました。その後、横浜YMCA創立110周年を迎えた1994年に、現在の湘南とつかYMCAに移転し、地域に根差した活動を展開しています。

建設中の湘南とつかYMCA(同紙1994年1月号掲載)



15年

23歳で横浜YMCAに入職した私は15年後(2005年)には、日本YMCA同盟に出向していました。同盟へ行くまでの15年間、プールを中心とした健康教育事業から、複数部門を経験した後、山手台センターの館長などYMCAの複数事業を経験し、職員としての働きの広がりを体感していました。そして15年かけて経験したたくさんの働き以上に同盟でしか経験できない多くの仕事に出会い学びました。その年の私は前年に発生した中越地震への全国YMCAによる復興支援活動の担当をしていました。あれから20年以上経ち、あとに発生した災害などにより中越地震は人びとの記憶からは薄れてきています。私自身当時のボランティアセンター長とはショートメールなどのやり取りがあるものの、小千谷をしばらく訪問できていません。

その2005年から15年後の2020年に私は横浜YMCA総主事を拝命し、現在に至っています。同盟から帰任後、本部事務局、大阪YMCAへの出向などを経験しました。「あっという間」とは言い難いほど多くの経験をした長く代えがたい期間だったと思います。総主事になってすぐ、コロナ禍となり2020年から2021年の間に神奈川県では3回の緊急事態宣言が出されるなど、その後に影響するほど人びとの生活様式や社会の在り方が大きく変わりました。

私自身の横浜YMCAでの15年ごとの節目を振り返ってみました。多くの出会いと学びにより生かされ成長できていることに感謝しています。一般的に言っても15年という歳月は長く、たくさんの経験を積み、人間的に成長していきます。同時に記憶の上書きがされ、忘れていくこと、忘れられていくことがあるのも事実です。

東日本大震災から15年の3月を迎えています。

                             (総主事 佐竹  博)